第1回 月夜のうんこは恥ずかしい

 
もう15年以上前のこと。西アフリカの内陸国ブルキナファソに計2年近く住んでいた。首都から丸1日車を走らせた奥地で、電気もガスも水道もない村だった。あれから20年近くたつが、当時の暮らしについては今も鮮明に記憶に残って...
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泥造りの穀物倉が並ぶ村の周囲。この光景にひと目惚れして住むことにしたのだった

もう15年以上前のこと。西アフリカの内陸国ブルキナファソに計2年近く住んでいた。首都から丸1日車を走らせた奥地で、電気もガスも水道もない村だった。あれから20年近くたつが、当時の暮らしについては今も鮮明に記憶に残っている。わが身に起こった数々の出来事はなかなかに衝撃続きで、今では酒席での持ちネタになっている。しかし、関西人のサガか、ついつい話を盛ってしまいがち。思い出が完全にネタ化してしまわないうちに書き留めておこうと思う。お付き合いいただけたら幸いだ。

まずは、村の生活で一番苦労したうんこの話をしたい。これから話す内容に合わせ、あえて、上品な言い回しでなく「うんこ」でいかせてもらう。

私が住んでいたエリアには危険な野生動物が多く、村のほぼすべての世帯が固まって家を建て、周囲を日干し煉瓦の塀で囲んでいた。内部は迷路のように入り組んでおり、夜になればゲートを閉め、外から動物が入って来れないようにしていた。

トイレは、地面に穴を開け、周りを背丈ほどの塀で囲ったものが村はずれにひとつだけあったが、私の住んでいた家からだと歩いて10分ほどかかりちょっと遠い。お腹を壊しやすい環境だったからか緊急うんこ事態も発生しやすく、村の端から10mほどで、自宅に近かった「トイレの森」を利用することが多かった。

乾燥が進んだこのエリアでは、「森」といってもまばらに木や草が生えている程度。近づけば用を足している姿は丸見えだ。しかし、そこは村人同士気を遣い合い、誰かがしゃがんでいる間は近づかないというマナーができていた。

問題は事後の処理。村の人たちはやかん型のプラスチック容器に水を入れ、左手で洗うのが定石。当初それに馴染めず、持参したトイレットペーパーで拭いていたが、そのまま紙を捨てると横にあるのが私のうんことばれてしまう。なので、なるべく遠くへ放り投げていた。

しかしある日、気づいてしまった。何かの動物がしたと思われる特大のうんこの横に、トイレットペーパーが落ちているのを。「ヌサラ(白人という意味。村での私のあだ名)はこんな大きなうんこをするのか!」ときっと思われているに違いない、恥ずかしい!!

それ以降は穴を掘って埋めることにしたが、それも実に面倒で、そのうちあたりの葉っぱで拭くように。1ヶ月ほどしてようやく、村人と同じように左手だけで洗えるようになった。

問題は夜。日暮れ以降は完全に村は閉じてしまうので、青空トイレにも森にも行けない。見ているとみんな、家囲いの外の路地で野糞してるっぽい。しかし、昼間は囲いの中で飼われている豚たちが夜間は村内に放たれ、あたりを闊歩しているのだ。

豚は人糞が大好物。村人たちが路地にするうんこを朝までにきれいに片付けてくれ、彼らもエサにありつけるのだから合理的なのはわかる。でも、「人がしゃがむ=エサが供給される」と学習しているやつらは、うんこの気配を察すると集団で「エサの出口」めがけて突進してくるのだ。それこそ食いつかんばかりに。

どうしても夜にトイレに行かねばならない時は棒を手に、豚どもを威嚇しながらするわけだが、やつら、なかなかに凶暴なのですよ! 仕方がないので、ちょびっと出して豚どもをひきつけ、そのままささっと移動して別の場所でコトにおよび、そこにも気づかれたらさらに移動して、を繰り返す作戦に。ちなみにその間、お尻は出しっぱなし!

電気がない村のこと、月が出てない日はまだいい。でも月夜だと、尻丸出しで豚に追いかけられながらうんこして回る姿が丸見え。村に暮らしていた間、月夜のうんこ中に村人と出くわしたことは1度もなかったが、きっと見かけても、武士の情けで見ないふりをしてくれていたんだろうなぁ……

板坂 真季(いたさか まき)/プロフィール
アフリカ好きにとって、アラブ文化圏にある北アフリカはもちろん、西アフリカと東アフリカ、南アフリカは一緒にしてほしくないほどの違いがある。アジアでも、中国とフィリピン、インドを同じ土俵で語れないのと似た感じか。そんな私は、高校時代からの筋金入りの西アフリカ好き。とはいえ、流れ流れて、現在はミャンマー在住なのですが。