第33回 メキシコ無情

「夜間外出禁止令が出てるんで空港には行けません」
 メキシコ北部モンテレイ。いつもの日本人の荷受人は電話でそう言った。まもなく彼の代わりにメキシコ人がやってきた。この空港ではライフル携帯で巡回する警察官はもちろん、警備員...
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メキシコ・モンテレイの休日風景

「夜間外出禁止令が出てるんで空港には行けません」
メキシコ北部モンテレイ。いつもの日本人の荷受人は電話でそう言った。まもなく彼の代わりにメキシコ人がやってきた。この空港ではライフル携帯で巡回する警察官はもちろん、警備員も全員防弾チョッキを着ている。

それからほどなくして、件の荷受人は仕事を辞め、メキシコ人の奥さんと幼い娘さんを連れて帰国してしまった。なんでも奥さんのお姉さんが看護婦として働いている病院で銃撃戦があり、メキシコという国に住むのがほとほと嫌になってしまったのだそうだ。おそらくマフィアの一味が入院しており、敵対する組織からヒットマンが送られてきたのだろう。

その前に彼は間一髪の怖い経験をしていた。タクシーに乗りこんだところ、間髪入れずに男がもう一人、同じ後部座席に乗りこんできたのだ。あわてて彼は反対側のドアを開けて逃げた。当然、運転手と男はグルだ。とっさのリアクションが少しでも遅ければ、強盗か誘拐の被害者となっていただろう。これはトラウマになるのも無理もない。

モンテレイでは送迎と朝食がついた空港ホテルに必ず泊まる。町の中心から空港までの交通手段が車しかないため、道路が万が一抗議デモなどでブロックされると帰国便に乗れなくなるからだ。そのリスクを負ってまで行くほどの見どころもない。

ある朝、定宿にしているホテルでブッフェを食べに降りていくと、警察官が10人いた。防弾チョッキを着ているのは内2人だから、どうも大したことはなさそうだ。彼らはすでに一仕事終えた後らしく、ブッフェで朝ごはんを食べて引き上げていった。なにがあったのかは知りたくもないが、空港もホテルも安全でないことだけは確かだ。

テピックという町に飛んだときのこと。作業着姿で空港に現れた日本人の荷受人が、親切にも車でホテルまで送ってくれた。まだそんなに遅い時間でもなかったが日はとっぷり暮れていた。メキシコのどこにいても日没後は極力外出しないことにしている。ましてや流しのタクシーを拾うなんて自分から動く密室に飛びこむようなものだ。

かなり町の中心に近づくまで、交通量が少ない道だった。途中、車の助手席からフロントガラス越しに、前方、道路の真ん中に大きな穴がぽっかり開いているのが見えた。それは蓋がなくなったマンホールだった。「誰かが盗んで売ったのでしょう」と穴をよけながら運転手氏は、さして珍しくもないという口ぶりで説明した。

こんな道は赤信号でも止まってはいけない。止まったら最後、暗がりから人がわらわらと出てきて、たちまちホールドアップされる。赤信号でも行けるなら迷わず進む。行けなくてもゆっくり進む。バカ正直に交通規則なんか遵守していると、余計に危ない目に遭うのだ。くわばら、くわばら。

今年2月にローマ法王がメキシコを訪問した。メキシコ最恐都市シウダー・フアレスをはじめ、教皇フランシスコはよりによって治安の悪いところばかりをまわった。2012年に世界遺産の町グアナファトだけをピンポイントで訪れた教皇ベネディクト16世とはえらい違いだ。

今年からそのグアナファトのすぐ近くにあるレオンに日本領事館ができた。それだけレオン周辺に在留邦人が増えたということだ。日本人コミュニティがあるところはさておき、こと治安の悪い地方都市で非善良なるメキシコ人に用心しながらも、善良なるメキシコ人と肩寄せ合ってがんばっている日本人に心からのエールを送りたい。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が7年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2016年現在、49カ国を歴訪。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

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