第23回 ブラジルからの来客

外国人母子向けの児童館「ペルヘケルホ」で二回目のクリスマスを迎えた。といっても国民の7割以上がキリスト教徒のこの国では、11月に入ればもうクリスマスが始まったも同然。11月末から12月中旬にかけては「ピックヨウル(小さな...
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外国人母子向けの児童館「ペルヘケルホ」で二回目のクリスマスを迎えた。といっても国民の7割以上がキリスト教徒のこの国では、11月に入ればもうクリスマスが始まったも同然。11月末から12月中旬にかけては「ピックヨウル(小さなクリスマス)」と呼ばれる忘年会があちこちで開かれる。

イスラム教や仏教徒も通ってくるこのケルホで、クリスマス的な行事をしていいものかと、ちょっと躊躇があったものの、結局パウラの鶴の一声でピックヨウルが開かれることになった。ピックヨウルは、ピック(小さい)と呼ばれるだけに、ピパルカック(ジンジャークッキー)やヨウルトルットゥ(星形のパイ生地にプラムジャムをのせて焼いたもの)と温かいグロッギ(ベリージュースをベースにシナモンなどのスパイスを入れた飲み物)があれば十分。

パウラは、その他にもミートパイや、肉が食べられない人達の為に、卵と米入りのパイなども焼いて祝うことを提案した。準備は「お手伝いはできる人ができるだけ」で構わないという。「宗教上気乗りがしない人は、強制参加ではない」という通達もあった。

そんな慌ただしいある日のこと、久しぶりにアンドレーサがケルホに顔を出し、ブラジルから妹が遊びに来る事を告げた。この知らせは、例年通りだと、この季節には外の暗さにつられて各段にトーンダウンするはずのアンドレーサを元気づけ、浮き立たせていた。妹はフィンランドでクリスマスを過ごすだけではなく、3カ月も滞在するのだという。「妹が来たらね、こことあそこと他にもいろんなと所に連れて行ってあげるの」コーヒーを飲みながら嬉しそうに話すアンドレーサは、いつもより早口だった。

しかしケルホの帰りに一緒に歩いていると、「でも妹ったら、ケルホにも来たいっていうのよ。私、あそこでは何度も嫌な目に遭っているって話したのに」と口を尖らせる。せっかくの楽しい話題でも、必ず何か「でも」がつくところがアンドレーサらしい。でも確かに妹さんの要望も少しおかしいと思った。私だったら、自分の姉が異国で幼子を連れて児童館に通っていて、そこで意地悪をされたり嫌な思いをしたと聞いたら、そこに自分も行きたいと思うだろうか。私だったらきっと、姉が嫌な人たちと顔を合わせなくてもいいように、あちこち遊びに行くことを提案するだろう。

ほどなくして、アンドレーサの妹エーリカがフィンランドにやってきた。そのことが分かったのは、私がケルホに来た12月のある暗い朝のことだった。ケルホの玄関前の廊下で、次男のオーバーオールやブーツを脱がせてやっていると、たどたどしい英語とフィンランド語とラテン系の言葉が聞こえてくる。その声の主がエーリカだった。パウラがすぐに紹介してくれたので、早速挨拶を交わしたのだが、驚いたことに、いや半分予想通り、アンドレーサは一緒では無かった。

随分多くの言葉が出てくると思ったら、エーリカはポルトガル語で書かれたフィンランド語の教科書を手に、パウラを始め、ケルホの仲間達からフィンランド語を習っているところだった。ケルホはいつになく盛り上がっていた。もう何度も足を運んでいるのに馴染めないアンドレーサとは対照的に、すっかり打ち解けているエーリカ。明るく大らかな彼女は、コソボ人からも、タイ人やベトナム人からも好意的に受け入れられていた。私は少し複雑な想いでこの光景を見ていた。エーリカに聞くとアンドレーサは息子と家にいるのだという。その日以降、アンドレーサにもエーリカにも会うことが無く、ペルヘケルホはクリスマス休みに入った。

ところが、思いがけなく彼女達はクリスマスイブに我家を訪れた。それは、「クリスマスは家族だけ。親族だって邪魔しないようにイヴ前に訪問を済ませておくもの」という夫が自らのゴールデンルールを返上して、アンドレーサの夫であり自分の親友のミカの窮地を救うためであった。夫曰くミカときたら、自分の息子に物心がついて初めてのクリスマスイブに、サンタクロース役をやってくれる人の宛がなく、困っていたというのだ。「というわけで、イヴの夕方に我家に来るサンタを彼らと分かち合うんだけど、いいよね?」という夫に、私は笑って頷いた。

その年我家にやってきたサンタクロースとトントゥ(お手伝いの小人)は、美しいブラジル人女性を両脇に何度も写真撮影に応じてくれた。ポルトガル語で絶えず話して笑い合うアンドレーサとエーリカの姿を見ていたら、ケルホで案じていたのが馬鹿らしく思えた。海外在住者にとって、母国からの身内や仲良しの訪問ほど嬉しいことはない。私は後3ヵ月弱、エーリカの滞在中には会えなさそうなアンドレーサを見やった。「キートス・ジャジーゴォ」と帰り際にハグをしながら言うアンドレーサに、心から「いいお年を」と伝えてドアを閉じた。その次に彼女と会う時に、どんな話を聞かされるのか、その時の私は知る由も無かった。

《ペルヘケルホ人物紹介》
筆者=靴家さちこ:フィンランド人の夫との間に2人の男児を持つ日本人。外国人母子向けの児童館「ペルヘケルホ」に次男と通い、フィンランド語を鍛えている。

パウラ:ケラヴァ市がプロジェクトとして認可した「ペルヘケルホ」を運営するフィンランド人の職員。

アンドレーサ:筆者に誘われて、筆者の次男と同い年の息子を連れて「ペルヘケルホ」に通ってくるようになったブラジル人。フィンランド人の夫のミカは、筆者の夫の高校時代からの親友。ケルホでは以前に、ラテンなまりのフィンランド語をコソボ人女性たちにからかわれるなど、嫌な思いをした。

靴家さちこ(くつけさちこ)/プロフィール
1974年生まれ。フィンランド在住ライター/ジャーナリスト。青山学院大学文学部英米文学科を卒業後、米国系企業、フィンランド系企業を経て、2004年よりフィンランドへ移住。『Love!北欧』『FQ』などの雑誌・ムックの他、『T-SITE』『ハフィントンポスト』『NewsPics』などのWEBサイトにも多数寄稿。共著に『ニッポンの評判』、『お手本の国のウソ』(新潮社)、『住んでみてわかった本当のフィンランド』などがある。