第19回 闘牛士を守る刺繍 -その4-

 
闘牛衣装の仕立て屋とも訳せる「サストレ・デ・トレロス」の世界は、わたしにとってまったく新しい世界でした。知っていることなど何もなく、頼れる手段はインターネット。関連サイトや記事がたくさん出てきた中、話を聞きたいと直感...
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闘牛士の衣装専門店「フェルミン」のオーナー、アントニオさん。オーダーを受けた型紙を確認している。

闘牛衣装の仕立て屋とも訳せる「サストレ・デ・トレロス」の世界は、わたしにとってまったく新しい世界でした。知っていることなど何もなく、頼れる手段はインターネット。関連サイトや記事がたくさん出てきた中、話を聞きたいと直感的に感じたのは、闘牛士の衣装専門店「フェルミン」のアントニオさんでした。あるインタビュー記事の写真がエレガントで、お顔が優しそうだったからです。お電話してみると、想像以上に気さくで明るく、「はい、明日ね、どうぞ。お待ちしていますよ」と、快く訪問を受け入れてくださいました。

指定された住所に行ってみると、ショーウィンドーも看板もありません。道を間違えたかなと心配になってくるほど、マドリード風の少し古びたマンションが殺風景な都会の路地に並んでいるだけです。しかし、マンションの集合ブザーには、確かに「フェルミン」の文字が。ブザーを押すと、アントニオさんが出て、「階段を上がってください。うちは1階(日本の2階)です」と、教えてくださいました。

玄関で歓待を受けて、こちらへどうぞと通された部屋は、外からは想像できない別世界。まさしく、テレビや雑誌の写真で見たことのあるオートクチュールの世界そのものだったのです。

「わぁ!」と叫ぶ自分の目に飛び込んできた風景は、めいめいが手にした布に針を刺して縫っている、ずらりと座った白衣のお針子さんたち。所狭しと広げられている縫いかけのコスチューム。壁に面して並ぶミシンや色糸の数々。年季の入ったアイロン……。

華やか色糸の数々。この他にも、糸、ビーズ、紐の類がいたるところに/ 時代を感じる使い込まれたアイロン

せわしなく手を動かしているお針子さんたちは、顔を少し上げて目を合わす程度の挨拶の後、すぐに視線を手元に戻し、手の速度は緩めません。

一針一針丁寧に刺繍されているこの布は、闘牛士が行進するときに肩からかけるカポーテ・デ・パセオ(大型ケープ)

母親が闘牛士の衣装を作る職人だったので、小さい頃からアトリエに出入りし、いつの間にか仕事を覚えてしまったというアントニオさん。無口な職人さんたちに代わって、嬉しそうにアトリエを案内してくださいました。

ではここで早速、どのような過程で闘牛士の衣装が製作されるのか、順を追って見てみましょう。

まずアントニオさんが電話でオーダーを受けたら、パタンナーのパコさんがオーダーに合わせて型紙を製作します。

サイズや要求が細かく書き込まれる注文表と型紙/型紙を切るパコさん

切り取られた型紙の多くは、一旦、他の都市にいる他の職人さんに送られます。というのも、型紙は肩、腕、背中、前衣、後ろ衣、ズボンなどのパーツ別にカットされ、闘牛士の要求するデザインに合わせて、それぞれ宝石やビーズなどの装飾や刺繍が必要になるため、「フェルミン」だけではまかないきれない細かい仕事が出てくるのです。そのため、スペイン全土に散らばる専門職にお願いするのです。外注していたパーツが完成形で戻ってくると、それらはアトリエにいるお針子さんに渡されます。

外部の職人によって完成し、送り戻されてきた肩飾り

お針子さんたちは、上着のグループ、ズボンのグループ、ワイシャツ担当、刺繍担当、アイロンなど幾つかのグループに分かれて仕事をし、衣装を完成させていきます。もちろん、何着かの衣装が同時に作られていきます。私がお邪魔した日は、3着分が同時進行で作られていました。

肩飾りは肩の上の起き、写真のように取り付ける

フラメンコ専門のラジオ局「ラディオレ」にチューニングしてあるアトリエは、壁のいたるところに掛けられた闘牛士の絵と相まって、ディープなスペインらしい雰囲気を醸し出していました。

では、そんな雰囲気を想像しながら、引き続きアトリエでの制作風景をご覧ください。

外部に委託しない型紙は「フェルミン」で作業。こちらはズボンのパーツにビーズを施し中
こんな細かい仕事もプロの手によると1週間くらいで出来るのだそう。

種類の違う細かい刺繍や装飾に注目! /剣の柄もここ「フェルミン」のアトリエで制作される。

猛々しい雄牛との掛け合いで闘牛士が手にする布「ムレタ」も、オートクチュール。重量は3−4kgになるそう
ムレタの中は3層。安定感を出すために重しとなるものを入れる時もあるとのこと。

いかがでしたか? アトリエの雰囲気を味わっていただけましたでしょうか?

次回は、ここ「フェルミン」での思いがけないの出会いと、アントニオさんの蘊蓄のある闘牛論をお届けします。どうぞ、お楽しみに!

では、皆様、よい年の瀬とお正月をお迎えください。

来年もまた、何卒よろしくお願い申し上げます。


河合妙香(かわいたえこ)/プロフィール
ライター、フォトグラファー。コーディネーター。スペインの失業率減少に貢献したいとKimi Planetで起業。従来のメディアの仕事に加え、貿易、視察旅行、狩猟体験コーディネート、日本語教師、舞台公演プロデュースなど、請け負う仕事は多業種に渡る。おかげで新鮮な出会いに恵まれ、続けきてよかったと思う日々。11月は日本の大手企業との仕事で、スペイン6日間約3000km走破の視察旅行を敢行。クリスマスはトレド~ガリシア~ポルトガル2000kmの車の旅を予定中。