第21回 最果ての村の女職人〜レース編み「エンカヘ」に重ねる波乱万丈人生—その1—

フラメンコ、闘牛、サッカー、そしてグルメと、日本に広く深く情報が伝わっている国、スペイン。その広さと深さは年々拡大し、その勢いたるや、この地で長く飲食店を経営している日本人の友人が、「近ごろね、こんなおばちゃんまでが? ...
LINEで送る

フラメンコ、闘牛、サッカー、そしてグルメと、日本に広く深く情報が伝わっている国、スペイン。その広さと深さは年々拡大し、その勢いたるや、この地で長く飲食店を経営している日本人の友人が、「近ごろね、こんなおばちゃんまでが? と首をかしげたくなるほど多くの日本人観光客が、『ガンバス・アル・アヒージョある?』って聞いてくるのよ!  そんなこと、結婚してここに来てからの17年間で、初めてだわ」と驚くほどです。

ちなみに、まだ知らない方のために説明すると、「ガンバス・アル・アヒージョ」とは、むきエビとニンニクのオリーブオイル煮。 小さな土鍋にニンニクとエビの香ばしい世界が詰まった、スペインの代表的な居酒屋料理のひとつです。

その一方で、案外知られていないことが、まだまだ沢山あるのも事実。

たとえば、スペインの庶民が愛するスナックに、ひまわりの種があるということ。

好色家ドン・ファンや、情熱の女カルメンのイメージと相まって、スペイン人はラテン的で陽気だと信じられている中、恥ずかしがり屋で奥手な人が意外に多いということ。

そして、手芸好きな女性が多いということ。

マドリードの観光地、マヨール広場。この周辺に手芸店界隈がある。

マドリードの観光名所として有名なマヨール広場周辺には、手芸店が軒を連ねています。昔ながらの収納棚が魅力的な毛糸屋さん。ボタンやリボンをはじめ、味わい深い素材が宝石箱の中のようにひしめく手芸用品店。その隣には、妖艶なフラメンコ衣装が並ぶショーウィンドー や、 日本ではフランス語のエスパドリューという名で知られるアルパルガタ( 靴底がジュートでできたキャンパス地の靴)を、今も職人が手作りするレトロな店、高い天井が歴史を感じさせる生地屋さんと、手芸をテーマに歩けば楽しい発見が尽きない界隈なのです。

手芸店界隈にある、レトロな雰囲気がすてきなアルパルガタ専門店/店内には味わい深いアルパルガタがぎっしり

愛好家たちにとって、手芸店は憩いの場。祭の前ともなると、 オリジナル衣装を作ろうと意気込む女性たちで、全国的にどの店もごった返します。不景気で商売をたたむ店が後を絶えない中、2号店を開く手芸ショップもあるほど。

私がトレドに来た当時から知るキオスクのおばちゃんは、店先にミシンを置き、娘たちや自分の服をよく作っています。彼女の部品調達先が、マドリードの、この手芸店界隈。「このズボンは、わたしが履くのよ」、 「このスカートは娘のよ」と自慢しつつも、「だって自分で作る方が安いじゃない」と、本音もチラリ。

筆者が入手した、ラガルテラの針刺し。ほのぼの感に心も和む

手芸熱は、もちろん洋服作りだけではありません。ポルトガル国境からさほど遠くない、刺繍づくめの民族衣装で有名な村・ラガルテラでは、どの刺繍ショップにも、ベッドカバーから赤ちゃんの靴下まで、センスのいい作品が所狭しと並べられ、買い物客は幸せな思いでどれにしようと迷うことになります。私はラガルテラで、悩んだ挙句、かわいい針刺しを買いました。とても重宝しています。

スペインに来てからしばらくして、私は、あることに気がつきました。

「ところで、刺繍やレース使いのコットンの白い布を、こんなによく見かけた国って、あったかな?」と。

食卓やコーヒーテーブルには、レース仕立ての純白のクロスを。窓辺にはレース編みの涼しげな白いカーテンを。訪問先で目にしたこうした風景が、この国の定番であることを知ったのです。

スペイン定番の窓辺の白いレースのカーテン。デザインも大きさも様々/パティの家の丸テーブル。この白いテーブルクロスはラガルテラ式。テーブルの縁のレースと色糸の花柄がかわいらしい

インテリアがかわいい友達パティの家の丸テーブルにも、ぬくもりのある白いテーブルクロスがかけられています。

「これ、ラガルテラの?」と端っこを持ち上げながら、尋ねる私。

「ラガルテラのスタイルだけど、誰かの手作りらしいの」と応えるパティ。

「でもね」

と、ゴロゴロしながら話していたパティが、勢いよく起き上がり、
「私の村は、“エンカへ”のメッカなの! 母は職人よ」と叫びました。

「 “エンカへ”?」と、きょとんとする私。

「白い布に色糸を刺していくこのラガルテラ式じゃなくて、糸と糸を絡めていくレース編みよ。ハサミで糸を切ったりなんだりといろんな方法があって、すごいのよ!」

その日、パティの口から、堰を切ったように、母アンパロさんの苦労続きの人生が語られ始められました。男たちが漁に出ている間、家庭を切り盛りする女性たちが、家事の合間にエンカヘを編み、家計を助けてきた歴史が今も続いているとも教えてくれました。村を出てからスイスやトレドで働き詰めてきた自分の人生とも重なったのか、話が止まりません。

こんなやり取りがあったこともあり、スペイン職人物語では、いつか、この「エンカヘを編む女職人」も取り上げねば、と、私は密かにアイデアを温めておりました。

が、距離的に難しいこともあり、「実現するかな?」という疑念もないわけではありませんでした。なにせ、彼女が生まれ育った小さな漁村、ガリシア州のカマリーニャスは、スペインの最果て。かつてイギリスから北米に向かう客船がよく難波したほど波が荒いため、「死の海岸線」とも呼ばれている一角なのです。アイルランドの真下に位置し、ポルトガル北端まで車で2時間とかからないのに、トレドから車で7時間半はかかると言います。

「 今度、私が村に帰るとき、一緒に来ない? 」
「行きたい! けど、車の免許を取ってからでないと、ね」

そんな約束をしてから、 何年経ったことでしょう。

ところが、とうとう、2016年のクリスマスに、ようやくその機会が訪れました。アンパロさんに会いに行く旅が、実現したのです。

というわけで、次回から、アンパロさんに教わるカマリーニャスの「エンカへ」の世界をご紹介します。どうぞ、お楽しみに!


河合妙香(かわいたえこ)/プロフィール
スペイン在住ライター・フォトグラファー。西英中仏語OK。車をシトロエンXSARAから小型なトヨタ・ヤリス(ヴィッツの欧州仕様)に変えて、これまでの免許無し人生と初心者失敗歴をやり返すかのように、カーライフを楽しむ毎日。犬嫌いから犬好きに、車オンチから車好きに。車のおかげで「初2000km走破」「初ルルドの泉」など初づくめの中、 先日、仕事では「初長崎」を体験。「初」は人生をワクワクさせると実感中。さて、次の「初」は何かな?