第2回 ロミタ・影の大黒柱?(後編)

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「ナマステ!マサラ香るネパール」
文:うえのともこ(ネパール・カトマンズ)

近所に住む大家の親戚宅でも、ロミタと同じ年のメヌカという少女が住み込みで働いている。入学が遅れたのだろう。彼女は3年生だ。二人はすぐに仲良しになった。両家を行き来してお互いの仕事先や服を取替えっこしたりもするし、休みの日には泊まって一緒に仕事や勉強をしている。

ロミタは2階から3階の屋上に抜ける階段の踊り場に置いた木製のベッドを寝床としている。建物内ではあるが、人間の居住空間外である。メヌカが居るときもその小さなベッドで二人一緒に寝る。ベッドの傍に置いた鍵付のブリキの行李(こうり)、一箱がロミタの持ち物。

天気のよい日にはその行李を屋上に持って上がり、蓋を開け虫干しをする。衣服が何枚かと制服、擦り切れたタオル、通学用バックパックは無償で提供されたらしいEUのマークが入っている。

その横で日向ぼっこをしながら、小さな黒いビニール袋の口を開き、何本か持っているマニキュアのビンを開け、手足の爪を彩って、うれしそうにおしゃれをしていた。

敷地内の小さな庭にはレンガが敷き詰められており、その間にしぶとい雑草が根を張って、抜くのは骨が折れる作業だが、しょっちゅう二人して小鍬を手にし、座り込んでこそげ取っている。春先にはおばあさんの指図を受けて、塀のそばの大きく育ちすぎたレモンの木や、屋上まで高く枝を広げたブーゲンビリアを切り落として剪定までしていた。この子達が来てからというもの、草木が伸び放題で手つかずだった庭がすっかりきれいになった。しかし大家の息子の弟分として飼っている犬の糞の処理まで彼女たちがやっているのは「ちょっと違うんでないの?」と首を捻る。

実はしばらく前に奥さんが、牛飼いの老人にこの庭の手入れを依頼したことがあった。老人は「1日300ルピー、午後のおやつつきで。2、3日で終える」という条件を提示して譲らず、交渉は決裂となり、どういうわけだかうちの通いのお手伝いさんが引き受けて、2日ほど玄関先でおやつを食べていたけれども、大してきれいになったようには見えなかった。今はその仕事をロミタがやってのけているというわけだ。

おまけに先日は朝から排水溝の流れが悪いのを、メヌカと二人して重いブロックを動かし、汚水と悪臭が漂う中、長い竿のようなもので突付いて流していた。大家のだんなが2階から「ああだ、こうだ」と指令していたので「あれって普通、業者に任せるべき仕事だよね?」と疑問形で夫に告げ口する私なのだった。子どものお手伝いたちは、従順で口答えもしないし、勝手に辞めて出て行きもしない、給料をたくさんくれとも言わないから、雇い主にとっては好都合なのだ。

ここまで書いたが断っておくと、大家の家族がロミタに辛く当たっているとか、こき使っているというわけではない。十分な食事を与え、学校に通わせ、階段の踊り場ではあるけれど、暖かい布団の寝床もある。洗濯は重労働だが、試験前には勉強時間を多めに与えているようだし、美容院に髪を切りに行かせたり、テレビや新聞を見せたりもしているのだから。庭仕事もたまには奥さんやおばあさんが付いて、苗の植え方や野菜の収穫時期などを教えながら作業している。他人から小さな子どもを預かって、健康面や安全面に気を配り、知識や躾を身につけてやり、保護者として一緒に生活することは社会貢献的な面もある。ロミタにも「シンデレラ」のような悲壮感は微塵もない。潔く自分の境遇を受け入れ、その責任を担い、鼻歌を歌いながら仕事をしている。

もしかして村の大家族の生活は、学費が支払えず、食べるにも困窮し、布団すらないかもしれない。水汲みや家畜の世話なんかもあるだろう。わたしの希望的推測だが、むしろここのほうが彼女にとって快適かもしれない、そうであってほしい。

しかしこの年で親元を離れ、毎日休むことも病気ひとつすることもなく、働きながら学校に行っているいるなんて、日本でごく普通の子どもとしてぬくぬくと育ったわたしには考えられないことだし、できもしなかったろうことで、頭の下がる思いだ。それを言葉にして彼女に伝えることができればよいのだが、大家の手前、敢えて伝えるべきことでもなかろうか?などと考え、たまに彼女が一人の時に、レーズン入りの甘いデニッシュや揚げたてのドーナツとか、大家の家庭が出さないようなわたしの感覚でおいしいと思う食べ物を「ハイ、これ食べてね」と差し出して表現しているのだった。もちろんその食べ物にそんなメッセージが込められていることなど彼女は露とも知らないとわかってはいるが。

ネパールで最近まで何度も再放送されていたNHKの「おしん」は、視聴者の多くが「おしん」を自分に重ね合わせて見ていたに違いない。そして今なおたくさんの「おしん」たちがここに居る。「おしん」同様ロミタが大家一家の影の大黒柱であることをわたしは確信してる。「ロミター?」の呼び声を1日に何度聞くことだろう。ロミタがいなくなれば一家が忽ち困り入ることは明らかだ。
日がな一日、道端でタバコを吸いながら、飽きもせずにサイコロ賭博をして遊び呆けている大人たちにロミタの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。いや、それ以前に洗濯物が乾いたらさっさと自分で取り込もう、と自戒するのだった。

≪うえのともこ/プロフィール≫
7歳に息子には、親の背中より「ロミタの背中をみて育て」と教えたが、同じ子どもとして彼はどのように感じているだろう?おやつをあげたとこで、ロミタの身の上が変わることはない。単なる私の自己満足であることも承知している。それは物乞いに10ルピー上げて「幸せになって」と願う人のようで、どこかすっきりしないものがあったりも…。ロミタだって本当は甘いパンなんかより、ガッツリとスパイスの効いた食べ慣れたスナックのほうが好きかもね。ブログ「ネパール子ちゃんのナマステ!旅案内」