第3回 双子ちゃん、共に!

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不定期連載 「ナマステ!マサラ香るネパール」
文:うえのともこ(ネパール・カトマンズ)

兄嫁の弟夫妻に双子の赤ちゃんが生まれたと聞いて首をかしげた。2ヶ月前にカトマンズの隣接郡の村を訪ねたときに会った奥さんは、いつもと変わらず、妊娠している様子ではなかったし、1年位前、彼女が出産直前だったところを死産したと聞いていたので、元気な姿を見て安堵したばかりだったのだ。死産した当時は、母体も危険な状態で、しかも赤ちゃんは夫妻が望んでいた男の子だったということで、心身ともに一層ダメージが大きく、悲しみに沈んだことは容易に察することができた。そんな経緯もあって、さして月日が経っていない時の突然の出産報告は私にとって寝耳に水だった。


今回誕生したのは男女の双子で、1ヵ月半もの早産になったため、二人合わせても3,000gに満たない未熟児だ。村からカトマンズに車で搬送され、国立病院で出産したが、独身である夫の末の弟が、妊婦が上京してすぐに、入院の手続きから夜通しの付き添い、金銭面まで全部面倒をみてあげていた。村人がカトマンズに出てくると右も左もわからないので、必ず親戚や知人を頼ることになる。それを手助けすることは、当たり前のことになっている。


ネパールでは通常、産後1日で退院する。帝王切開でも長くて3日程。双子ちゃんも例に漏れず、未熟児であっても母子ともにすぐに退院となったのだが、このとき家族内で大きな争議になったという。こともあろうに病院で赤ちゃんの父親が双子の女の子を養子にだす、と言い出したからだ。驚くことに病院の外には、子どもの欲しい人がいつも待ち構えていて、たった今誕生したばかりの赤ちゃんを「ください」「あげます」というやり取りが日常的に行われていると言うではないか。母子手帳もなく、出生届けも適当で、したり、しなかったりの国。いつ、誰が、誰から生まれてきたかなんてことは、まるでどうでもよいことのようだ。


夫妻にはすでに娘が4人いる。一番上の子はもう12歳くらいだ。ネパールでは家を継いで、各種宗教儀式を掌り、最終的に親を火葬場に送り出すことができる男の子が生まれることをよしとする風潮が今でも残っているから、待望であった男児は育てるが、これ以上子どもが増えては……、ということだ。農村の大家族の生活が苦しいことは誰もが知っているが、生まれたばかりのこの子を……?父親はすでにどこかの誰かと話を始めてまとまりかけていたらしいが、親戚たちの説得と大反対に押し切られ、断念した形となった。いつもおとなしく控えめな奥さんは「この子は女の子だけど、お父さんに似ていてかわいいわ」と小さく漏らしたそうで、私は胸がぎゅっと締め付けられた。


生まれたばかりの赤ちゃんだってこの状況を敏感に感じとっているはずで、不安の境地に立たされていたに違いない。もちろん夫妻だって生活に余裕があるならば、赤ちゃんを手放すなんてことはしたくないに決まっている。おめでたく幸せなはずのお誕生の瞬間直後にこんなことって!?全く聞くに忍びない話だ。


そしてもし、ここで合意が成立して赤ちゃんを手放すことになったとしたら、書類を交わすとか、お互いの身元を明かすなどということも一切しないから、もう一生涯会えないことになるのだ。大きくなって本当の両親に会いたいという願いは、まず叶えられることはない。もらわれた赤ちゃんが大切に育てられるのならまだしも、もしかして劣悪な環境に置かれるとか、最悪、臓器または人身売買目的だったりする可能性だってなくはない。考えるだけで身震いする。また赤ちゃんが成長して、双子だった妹がどこかにもらわれたことを知った兄は、自責の念に駆られるかもしれない。4人の姉達だってみな物心付いて何でも理解できる歳だ。家族みな悲しい過去を背負って生きることになるに違いない。幸いすんでのところでそれは回避されたのだった。


夫妻と生後2日目の双子ちゃんは、すぐにカトマンズから村への悪路3時間の道のりを、乗り合い長距離バスで帰るというので、親戚がせめてタクシーで帰れと制止した。産褥婦と未熟児が暑い最中、乗客でぎゅうぎゅう詰めの車内に閉じ込められ、くねくね道をあちこち止まりながら進むバスに乗るだなんてもってのほかだ。しかし夫妻は懐具合を気にして、乗り合いバスでいいと言い張ったと聞いて、哀切極まりなかった。結局、彼らを義兄が叱るような形になり、タクシーを呼んだそうだが。


うちで働く通いのお手伝いさんにも子どもが4人いる。上二人は女の子、一番下が男女の双子だったため、男の子だけを手元において、女の子は離れて暮らしているから、こんなケースはごくありふれたネパール……。


この双子の赤ちゃんと家族が、貧しくても苦しくても、みんなで力を合わせて元気に生きていって欲しいと願うばかりだ。何をしてあげる事もできないけれど、ちょっとでも役に立てるだろうと、次男のベビー服や新品で使わずにおいてあったベビーソックスなんかを引っ張り出してきて、手提げ袋にまとめて準備する私なのだった。この秋村を訪ねたときに一家の笑顔がみられますように。


≪うえのともこ/プロフィール≫
岡山県倉敷市出身。ライター。旅行会社にて企画、リサーチ、コーディネート、広報を担当。二人の男の子の母。今回の双子ちゃんの件で、夫と「それならその女の子、うちで引き取るか?」と言う話も挙がった。しかし、一人の人間を育てるということは、ただ食べさせればよいという問題ではない。私にはそんな重大な責務を負うだけのキャパシティーは皆目ないのだった。その後双子ちゃんは、おっぱいをよく飲んで元気に大きくなっているとのこと。旅行者向けの情報を主に扱ったブログ「ネパール子ちゃんのナマステ!旅案内」も好評発信中!、十勝毎日新聞社の世界のimaを伝えるサイトのリポートも開始しています。