鉄網の上で両の手足をぐいっと広げた仔豚を見て、思わずどきっとした。今にもしゃべりだしそうなその表情に、一人複雑な気持ちになった。そんな私の背後から、大きな声が響く。「オヤジ!この仔豚の丸焼きはいくらだい?」こういう時のペルー人の素朴さがある意味羨ましい。
下味を付けた豚バラ肉を素揚げにした料理「Chicharrón/チチャロン」。“豚肉の揚げ物”と聞くと何やらギトギトしてそうだが、サラダオイルではなく豚肉から滲み出た脂(ラード)を使って揚げるため、余分な脂肪分が抜け落ち、意外とさっぱりしている。
ペルー人はこのチチャロンをパンに挟んだ「チチャロンサンド」が大好きだ。丸いフランスパンにチチャロンと揚げたサツマイモ、それにタマネギをレモンとトウガラシで和えたサルサ・クリオージャをたっぷり挟んだそれは、ペルー定番の朝食メニューとなっている。2010年にスペインの新聞社が行った世界の朝食に関する投票で、このチチャロンサンドはスペインの「ホット・チョコレートとチュロス」やフランスの「クロワッサンとカフェ・ラ・テ」を押しのけ、堂々の一位を獲得した。朝食としてはちょっとボリュームがあり過ぎるように思うが、カリッと揚がったチチャロンと、レモンの酸味が程良いサルサ・クリージャの組み合わせは絶妙。世界中を支配下に置く大手ハンバーガーチェーンの店舗がペルーであまり増えない訳は、このチチャロンサンドにあるのかもしれない。
このチチャロン人気と近年のグルメブームに乗って制定されたのが「ペルー産豚のチチャロンの日」だ。ペルー農業省によると国民一人当たりの年間豚肉消費量はたった4㎏で、隣国チリの25kg、ブラジルの13kgと比べあまりに少ない。記念日を創ることで国内の豚肉消費を促そうという国の魂胆は見え見えなのだが、食いしん坊でお祭り好きなペルー人たちは、お上の目論見などには頓着しない。楽しいイベントさえあれば、ただ嬉々として参加するだけである。
今年もリマで「第二回 ペルー産豚のグルメ祭り」が開かれた。ペルー養豚協会主催のこのイベントにはリマ市内外のレストラン40店がずらりと並び、豚のマスコットも登場して会場を盛り上げていた。あちこちで炭が熾され、白い煙と共に香ばしい匂いが漂ってくる。アツアツの豚肉料理を頬張るハラペコペルー人たちは、みな一様に幸せそうだ。カメラを向けると、誰もが満面の笑みを浮かべながらポーズを取ってくれた。 私も自宅へのお土産をしっかり買い込んで、うきうきしながら家路についた。もちろんあの仔豚の丸焼きも抱えて。きちんと手を合わせてから頂こうと思う。
ペルー産豚肉のチチャロンの日:2011年6月22日、ペルー農業省により毎年6月第三土曜日はペルー産豚のチチャロンの日に制定。
≪原田慶子(はらだ・けいこ)/プロフィール≫
スペイン人が伝えたチチャロンは、中南米各地で食べられています。しかしその部位や味付けは国によって多少異なり、豚の皮だけをカリカリの揚げたスナック風のチチャロンも。また海の幸が豊富なペルーでは、魚のから揚げも同じくチチャロンと呼ばれています。 ウェブサイト:http://www.keikoharada.com/