第2回 イスラムの伝統工芸ダマスキナードの聖地、トレドへ行こう!

今回からスペインの職人さんを 訪ねる旅に皆様をご招待いたします。 まずは、スペイン国内屈指の中世の町トレドへ参りましょう!

バスとの途中から見える風景

バーチャルとはいえ、せっかくの旅。知れば知るほど離れがたい魅力に圧倒されてしまう不思議なこの町へは、首都 マドリードのバラハス空港からご案内しますね! 日本からは直行便がないため、乗り継ぎ時間を合わせてほぼ16時間。緑豊かなフランスを過ぎると、イベリア半島の形の海岸線から続く、赤茶けた大地が空の上からもはっきり見えます。

「あっ、スペインだ!」

そう気がつく頃、着陸態勢に入る飛行機。砂漠のど真ん中をゆっくりと旋回し、ドシッとタイヤが滑走路に接触したら、長い飛行機の旅は一旦終了。

空港からは、外が見えない地下鉄ではなくシャトルバスで、マドリードの南の玄関 アトーチャ駅へ直行しましょう。そこから「スペインのロマンスカー」と密かに私が呼ぶトレド行きの特急列車AVEに乗ります。乗り方はお手元のガイドブックに書いておきましたので、ぜひご覧下さい(笑)!

アトーチャ駅までバスの窓には欧州風の住宅やビルが密集する都会の風景が映っていましたが、AVEに乗って1分もしないうちに見えてくるのは、大地。麦畑だったり、オリーブ畑だったり。窓の大半を占める大きな空と浮かぶ白い雲の下、なだらかな地平線がどこまでも続きます。

約30分後、速度が遅くなり車内放送が流れたら、終点に到着です。列車を下り、畑の真ん中にあるプラットフォームから駅舎に入ると、アラブ風の瀟洒(しょうしゃ)な装飾に目を奪われるはず。中世のムデハル様式(アラブ式デザイン)を完璧に再現したことで名高い19世紀末の建物を出ると、 右遠方には、遺跡で埋め尽くされた丘が!

「アラジンと魔法のランプ」の物語に出てきそうな古い石の橋や薄茶色のレンガでできた街カスバ! もちろん、トレドです! 旧市街への行き方はガイドブックによって書き方がマチマチなのですが、お薦めは駅舎の右脇にあるバス停から乗るバス。5番と6番台に乗れば、小説「ドン・キホーテ」にもたびたび登場する街の中心、ソコドベール広場に10分ほどで着くのです。あ、6.2番が来ましたね。これに乗りましょう。

バスで上がったところに見える門(新ビサグラ門)

タベーラ病院

バスは左手の窓に、1000年前の端正なアルカンタラ橋とそこから続く山頂までの山肌を埋める圧倒的な旧市街の家並みを映しながら、リスボンまで流れるタホ川を渡り、アラブ時代の積み石の城壁に沿って坂道へ上がっていきます。尖塔のある石造りの巨大な新ビサグラ門をくぐるためにロータリーを回るとき、公園の右奥に時計台のある大きな石の建物が見えます。タベーラ病院です。エル・グレコが製作した唯一の礼拝堂祭壇が残り、 ルイス・ブニュエル監督の映画『悲しみのトリスターナ』や『ビリディアナ』に登場するモニュメントとしても名高いのです!

ルイス・ブニュエルの名は、画家サルバドール・ダリと製作したシュールレアリズムの映画『アンダルシアの犬』でご存知だという方も多いのでは? ちなみに『悲しみのトリスターナ』の主演女優は、カトリーヌ・ドヌーブ。この映画に60年代末のトレドの謎めいた雰囲気が満ちているのは、この街を愛し、住んだルイス・ブニュエルの想いがこもっているからでしょう。

チベットみたいな(?)トレド

さて、アラブ時代の城壁をくりぬいた荘厳な新ビサグラ門をバスでくぐった途端、イスラム風装飾でぎっしり埋め尽くされている教会の壁が目の前に現れ、「をっ!」と思った瞬間、バスはその教会の一部であるアラブの祈りの塔「ミナレット」を右折します。そこでつい見上げてしまうのは、青空の際まで建物や寺院がある風景。写真で見たチベットにもどこか似ています。至る所から石畳の道に散歩心をくすぐられながら、石造のホテルや城門を過ぎるやいなや、大空と新市街の絶景が。休みなく右や左に首を動かしている間に到着しました。ソコドベール広場です 。

旧市街には、新しい建物のホテルは一軒もありません。ローマ時代の地下施設、西ゴート時代の柱頭をつけた木造や石の柱、天井の梁、アンティーク・タイル……。どのホテルを選んでも、街の雰囲気をそのまま伝える内装に満足することでしょう。ガイドブックで見つけて予約したホテルにチェックインをしたら、さっそく街を散歩しましょう。スペインの全カトリック教会の総本山であるトレド大聖堂に続く門前通りには、車一台通るのがやっとの広さであっても、一目で「リャドロ」と分かる磁器人形、騎士の甲冑、トゥスの指輪、ワインやオリーブオイルなど、スペイン中の宝石箱をひっくり返したように売るお土産屋さんがひしめいています。

宝石箱をちりばめた(?)ようなショーウィンドー

中でも大皿、小皿やペンダント、フェンシングの剣に施された華やかな金銀の象眼細工が目を惹きます。これが、今日ご案内する職人さんの仕事です。

ダマスキナード。

シリアのダマスカスからもたらされたゆえ、その名で定着したアラブの伝統工芸。その歴史は、711年、イベリア半島に上陸したシリアのウマイヤ朝勢力が、トレドにあった西ゴート王国を滅ぼしたことに遡ります。メソポタミア、ポエニ戦争、ローマ帝国など壮大な歴史を経た王朝の洗練された技術をさらに芸術の域に到達させたのは、トレドの職人たちでした。

河合妙子(かわいたえこ)/プロフィール
ライター、フォトグラファー。トレド(スペイン)在住。昨年担当したガイドブックは 『ララチッタ』、『るるぶ』、『aruco』、『地球の歩き方』、『空旅』 。昨年、 BS日テレの番組『大人のヨーロッパ街歩き』トレド編でナビゲーターを担当、富永美樹さんと文字通り町を歩き回りました! インターホームさんの『海外インテリアブログ』(連載4年目!)でもスペインの素顔を紹介しています。ぜひ、ご覧下さい!