第6回(最終回) 得たのは自信と誇り

娘がアルバイトをするために履歴書を作った。見せてもらって、「あぁ、長い間やっているなぁ」と、わが子ながら感心したことがある。バレエとピアノを10年以上続けているのだ。年齢10代半ばの彼女にとって、これは人生の3分の2を占めているではないか。

親子で二人三脚

自発的に始めたとはいえ、お稽古事を長く続けていれば、嫌になる時や問題が出てくることもある。幼いながらもその都度折り合いをつけて進んできた。子どもは一生懸命だ。でもがんばっているのは本人だけでなく、親も同じ。できないことが出てくれば、どうしたらできるようになれるかを一緒に考える。相談しながら、納得できる方向にもっていってやる。子の考えを大切にしながら支える。

精神面もさることながら、物理面でのサポートも必要だ。「自分の時間を割くこと」はその最たる例だろう。私が住む小都市では公共交通機関が行き届いておらず、お稽古事の送迎は不可欠だ。送って行き、自宅に戻るともうすぐ迎えに出なくてはならない。なので、私はレッスン場の近くに車をとめ、車の中でやれることをしながら待つ。レッスンが夜であれば、夕食を早めに作り、食べさせてから出かける。これを多い時には週に4回、約10年間続けている。

また発表会がある時は裏方役を引き受ける。例えばバレエをはじめとしてダンススクールであれば、事前に衣装や小道具作りを手伝う。当日も衣装を着せたり、舞台のそでに子どもたちを並ばせて静かに待機させたりと、楽しい行事ではあるが、親はなかなか大変だ。

技術より人間磨き

「自由遊びが子どもの成長には一番」という考え方もある一方で、月謝を支払うだけでなく、親が貴重な時間を割き、手間暇をかけてまで、子どもを習いごとに通わせる意味はどこにあるのだろう? 我が家の場合、娘に自信と誇りが生まれたことを私も夫もとても意義深く感じている。

娘はバレエもピアノも将来プロを目指すような、ずば抜けた才能があるというわけではない。それでもどちらも好きで根気よく続けている。小さい時、ピアノの先生に与えられた曲がなかなか弾けずに泣くことがあった。私は1つ前に習い、マスターした曲を指して、「これも最初は弾けなかったけど、今はどう? 練習して上手に弾けるようになったじゃない? だから、今度も一緒だよ」とよく言ったものだった。「振り返ってみると、自分はできているじゃないか」と気づき、彼女は努力を重ねてきた。「継続は力なり」ということを知り、それをものにした自分に対して自信と誇りを持つようになった。

By Nuffer/PIxabay (CC0)習いごとをしたいと言い出した娘にOKしたのは「興味を持ったことにトライするのはいい」と思ったからだ。と同時に「もしかしたら才能があるかもしれない」という親としての期待がなかったといえばうそになる。しかし今では、お稽古事を通して物事に対する自分なりの取り組み方や考え方を身につけられたことが最大の収穫だったと感じている。

ニュージーランドでできる習いごとはバラエティーに富んでいる。水泳やバレエ、楽器といった定番のものから、BMXや乗馬、ライフセービングに代表される身近な大自然を生かしたまものまで。どんな興味を持った子でも何かやりたいことを見つけられるという環境はラッキーなことだ。

今日も娘を車に乗せてレッスン場に向かう。やれやれと思いながらも、お稽古事を通じてライフスキルを積み、大人になっていってくれたら、親の苦労も吹き飛ぼうというものだ。

 

クローディアー真理/プロフィール
フリーランスライター。1998年よりニュージーランド在住。雑誌、ウェブサイトを中心に、文化、子育て・教育、環境、ビジネスといった分野で執筆活動を行う。娘は2年半刺しゅう教室に通っていたこともある。刺しゅうや今も習うピアノなど、彼女がおばあちゃんになってからも趣味として楽しめるといいだろうなぁ、と親としては思う。