157号/田中ティナ

札幌滞在中だった3月18日、スウェーデン外務省から携帯にメッセージが届いた。スウェーデン国民(私のように市民権のある者を含む)で東京を離れたい人のために飛行機を手配したので興味があれば大使館へ連絡するように、という内容だった。11日以降、大使館では災害への注意は喚起していたものの「東京から離れなさい」という勧告はなく、むろん、出国するか否かは個人の判断にまかされていた。急なオファーだったので私は利用しなかったが、国によって国民の安全に対する判断基準もいろいろだと実感した。

さて、世界の情報がどこにいても入手可能な今、東日本大震災に関する情報やその分析内容について日本と海外で違いがあることは一目瞭然だ。情報への対処方法は、自分が災害現場からどれくらい離れた場所にいるかによっても微妙な温度差が生じているように感じられるし、今回ほど情報伝達の難しさと厳しさを実感したことはなかったと思う。

もし私が3月11日スウェーデンの自宅にいたら、ニュースを見ながら不安ばかりが膨らんで、日本にいる人以上に危機感がつのっていたのかもしれない。札幌にいたときに東京の友人から「毎日余震があったり納豆は売り切れだけれど、元気にやってるわよ」と聞いて、「ほんとうにのんきだなぁ」、と苦笑しながらも彼女のしなやかな強さにホッとした。4月になって神奈川の実家に帰り、実際に余震や節電の状況に身を置いてみると、地面がゆれればビクっとはするものの、それにも次第に慣れ、うす暗い駅や町を歩きながら、昔はこんなものだったと事実を受け入れている自分がいた。私って鈍感なのだろうか?

ただ友人に、「あなたは家がふたつあっていいわね」と言われたときには返す言葉が見つからなかった。避難したくてもできない人がいる。それぞれの条件の中で、もしかしたら大きな不安に駆られながらも日々の営みを続けている人がいる。

余震が続き原発も安定しない状況が続く中、世界中の人たちが日本に注目し被災者の役に立ちたいと願っていると聞くのはほんとうに心強い。今回掲載の応援メッセージからはそんな人々の熱い思いが伝わってくる。

(スウェーデン/エステルスンド在住 田中ティナ)