フランスでは売春は黙認されている。禁止されているのはヒモになること、客引きすること、売春斡旋行為、売春の場を賃貸することである。

来年の大統領選挙に向けての票集めのためか、政府は新たな売春取締法を提案し、メディアを騒がせている。今回は、客を罰金刑・禁固刑に処する法案で、今後は「売春は人身売買であるから全面的に禁止する方向にもっていく」という方針をあきらかにした。

女性誌Elleのネット版に、読者の反応が出ていた。「孤独に悩む男、醜くてもてない男、身体障害者はどうすればいいのか? 孤独であることも禁止されるべきだ」、「生活費に困るゆえに好きでもない男と結婚することは売春ではないのか?」。

このような素朴な意見とは別に、70年代フェミニズム運動を経験した、どちらかというと議論慣れした往年のフェミニストたちの声は次のような二派に分かれ喧々囂々(けんけんごうごう)だ。

ひとつは、中絶の合法化 (1975年) に大きな役割を果たした弁護士ジゼル・ハリミ氏に代表される売春禁止派である。中絶が最高刑に課せられるべき重罪であった当時、強姦されて妊娠し、中絶をしたために訴えられた未成年女性を弁護し、裁判に勝利した業績で知られている。この裁判をきっかけに、ピルと中絶が合法・無償化されるようになり、「私の身体は私のもの」というフェミニズムの基本的な考え方が生まれた。

しかし、この「私の身体は私のもの」という考えを徹底すれば、「自分の身体で商売するのは私の自由」ということになる。実際、私の周りのフランス人女性にインタビューしてみたところ、全員がこのように答えた。ひとり残らず全員。私の友人関係は特別なのだろうか?

「こんな法案、馬鹿げてる! だって私の身体だもん、どうしようと勝手じゃない。なんで国家がこんなプライベートなことに口出しするわけ?」

「未成年だったり、強制されてならまだしも、いっぱしのおとなが自主的に売春してなにが悪いの? 『売春する自由』を!」

こういう意見ばかりを聞くと、禁止されている国があるのはなぜか、そのことのほうが疑問になってくる。

「人間の尊厳を損なうから禁止されてるんじゃないの?」

「尊厳? 尊厳がなにかっていうのは、国が決めることなの? 私個人が決めることだから、他人にどうこう言ってもらいたくない」

ハリミ氏は今回の法案に対してこのように述べている。「『私の身体は私のもの』という考え方を野放しにしておくことは危険なことです。それならば、生活が苦しくなれば腎臓を売ればいいということになりかねない。そして、腎臓を売るのはいつも貧しい側であり、買うのは裕福な人という図式のうえに世界が成立している以上、自主的にであれ、強制的にであれ、身体を売ったり賃貸するのは罪、これを基本にすべきです。フランスは同じ理由で代理母を禁止しています。『自由』の名のもとに『売春する自由』を要求する多くのフェミニストたちがいるのは周知のことですが、 金銭的な理由で自主的に売春することを『自由』とは言えないでしょう」

これに対して「私たちには売春する権利がある」派の法律家のマルセラ・ヤクブ氏は次のように言う。「移民を低賃金で不法労働させている縫製工場があるとします。そういうシステム自体は罰せられることだけれども縫製する行為を禁止しはしないでしょう。それと同じように、売春させるシステムは糾弾すべきだけれども、売春をする権利は個人のレベルの問題です。 法律で人間の性欲をコントロールできるとでも思っているのならば、そんな政治家はあまりにも人間の性を知らなさすぎる。路上で客引きする売春婦の姿がなくなるほど、インターネットでの売春秘密クラブは増えるはず」

リヨンの売春婦たちの代表者であるクレール・カルトネ氏のインタビューがおもしろい。「私は自分の選択で売春を仕事にしています。工場で働くより、売春するほうが私に合っているから。『売春は人身売買』というのはまったく的外れで、私はサービスを売っているだけなんです。だいたい、こんな法案を出す前に、なんで現場をよく知っている私たちにひとことも相談しないわけ?」

私が住んでいる界隈は、昼間から売春婦(夫)も路上に立つ。そのなかのひとりとは、私の息子が小さかったとき、ボールを追って道に飛び出して車に轢かれそうになった彼を親身になって叱りとばしてくれて以来、「ボンジュール」を交わすようになった。

彼女たちはアパート管理委員会にも出席し、「こうも管理費が高いと、この夏は里帰りできないじゃない!」と意見しているということだから、自前のアパートだって持っている。お年寄りには「なんか買い物してきてあげる」と思いやりをみせるかと思えば、ゴミ箱を覗いて「近頃の若いもんはゴミの仕分けもろくにできないからムカツクったらありゃしない」と新しい入居者の悪口を言ったりする、普通の「おとなりさん」だ。

売春が禁止されれば、彼女たちが転職するとは思えない。どんな暴力をふるわれても助けを求めることはできない場所で、隠れて仕事をせざるをえないだろう。殺されても誰も気づかないかもしれない。税金を払わなくなれば、社会的に抹殺されて社会保障を失うかもしれない。

顔見知りの彼女たちのことを考えると、心穏やかではいられない。

夏樹(なつき)/プロフィール
パリ在住フリーライター。この4月は1900年以来の高温だったということ。暑いのは嬉しいけれども、今夏の水不足が心配されているフランスです。http://natsukihop.exblog.jp/