第1回 都市伝説バイト
もっとも頻繁に訪れる空港、ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル・ヒューストン

なにを隠そう私は運び屋である。この稼業に就いて、かれこれ6年になる。当然、捕まったことは一度もない。世間一般に言うところの運び屋は、違法なブツを扱う黒い運び屋と相場が決まっている。しかし、世の中には白い運び屋というものが存在するのだ。宅急便もバイク便も、合法なブツしか運ばないという意味では白い運び屋である。私のような国境を越える白い運び屋は、昔はクーリエと呼ばれていたが、今はハンドキャリーと呼ぶ方がより一般的なようだ。

この仕事で世界中あちこちに行った。タイ、ベトナム、シンガポール、マレーシア、インドネシア、フィリピン、インド、台湾、韓国、イギリス、チュニジア、ブラジル、アメリカ、カナダ。殊に中国とメキシコにはもう何回行ったか、わからない。20回を超えてからは数えるのを止めた。この2ヶ国については、空港のある都市を全国制覇しつつある。

多いときは週1、少ないときは月1で出動する。タイに週3回、メキシコに週2回、香港に日帰りで行ったこともある。中国にいたっては、一時期は毎日行っていた。夜に最終便で中国に飛び、翌日の昼に帰国する。その繰り返し。空港の近くに住めば、上海も広州も充分通勤圏内なんだと思った。残念ながら、航空券に定期券や回数券はないけれど。

ネットの旅系掲示板に「ハンドキャリー経験した人いませんか?」というスレを見つけた。それに対するレスは、「ハイリスクハイリターン」だの、「ヤバい仕事」だのと非難囂々(ひなんごうごう)。知りもしないくせによく言うよ。この仕事はすでにやっている人からの紹介で決まるのでほとんど求人が出回らない。実体がよくわからず、半ば都市伝説化しているのだろう。

知らないうちに黒い運び屋に仕立て上げられ、海外で懲役刑や死刑判決が下された日本人も実際にいる。しかし、その人たちには実に気の毒だが、その仕事が白か黒か見分けがつかなかった時点で、海外仕様の人材としては完全にアウトなのだ。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒。同大文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が6年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2013年現在、46カ国を歴訪。

以下、ネット上で読める執筆記事
春秋社『WEB春秋』「ここではないどこかへ」連載(12年5月~13年4月)
カジュアルプレス社『月刊リアルゴルフ』「片岡恭子の海外をちこち便り」連載中(08年8月~)
東洋マーケティング『Tabi Tabi TOYO』「ラテンアメリカ de A a Z」連載中(11年3月~)
朝日新聞社『どらく』「世界のお茶時間」ハーブの国の聖なるお茶 Vol.22 ペルー・アンデスのマテ茶(10年2月)
朝日新聞社『どらく』「世界の都市だより」リマのひと マテオの口元ほころんだ(06年11月)
NTTコムウェア『COMZINE』「世界IT事情」第8回ペルー(08年1月)