ニュージーランド人は、自国作家の著作にことのほか愛着を持っている。もちろん作品が感性に合うからだろうが、人口が少なく、国も小さいがために、実際に作家の顔やどんな経歴か詳しいことは知らなくても、どことなく知り合いのような感覚でいるからなのではないかと思う。図書館では、ニュージーランド人作家の著作には、きちんと「NZ」というラベルが張られており、一目見ればわかるようになっている。そんなところからも、ニュージーランド人の、自国作家の作品への愛着をうかがい知ることができる。
一方、この国では主に英語が使われているため、米国や英国など英語圏の作家の作品がどんどん入ってきて、読まれているのも事実。中には日本人作家の作品の英訳本も含まれ、私の周囲にも村上春樹ファンがいたりして、南半球のはじっこにあるニュージーランドの田舎町でも、日本人に書かれた本が読まれているのか、と感心させられる。では、その反対はあるのだろうか。ニュージーランド人作家の作品、それも絵本や児童書は日本で紹介されているのだろうか。
ニュージーランド児童文学の巨星、マーガレット・マーヒー
亡くなって2年以上が経つものの、命日にはニュージーランド国内の図書館などを中心に、読書会が行なわれたり、特別コーナーが設けられたりと、今も愛され続けている作家がマーガレット・マーヒー。児童文学への長年の貢献により、2006年には国際アンデルセン賞を受賞しているほか、国内外で高い評価を受け、数々の賞を受けている。彼女の作品は多数、日本語に翻訳されている。 どの作品にも、魔法や秘密、不思議なことがいっぱい詰まっている。ターゲットとする読者層も幅広く、幼児から児童、さらに大人向けまでを手がけ、それぞれの年齢層にとっての「ファンタジー」が何であるかをよく見すえて書かれている。
ちなみに日本で最初に出版された彼女の絵本は『はらっぱにライオンがいるよ』。子どもには見えるけれど、大人には見えないライオンが登場する。ケイト・グリーナウェイ賞受賞の『うちのペットはドラゴン』には、どんどん体が大きくなるドラゴンとそれを飼う平凡な家族が描かれる。
ニュージーランドを舞台とした『目ざめれば魔女』では、弟が重態に陥った原因は悪霊なのではと魔女に相談する少女の成長を、また『足音がやってくる』では、大叔父が亡くなった日に幽霊のような男の子に会ったのをはじまりに家族を襲う、超自然現象、サスペンスを描く。この中学生以上を対象とした2冊は英国の図書館協会が優秀な児童文学に贈るカーネギー賞を受賞している。大戦争で壊滅してしまった世界で、笑いと驚きのショーを演じる一座「マディガンのファンタジア」の座長の娘、ガーランドを中心とした冒険物語、『マディガンのファンタジア 上下』も忘れてはならない。これはテレビシリーズ化され、国内で人気を博した。
不動の人気を誇る二作家
ニュージーランド国内で、日本でいう『ぐりとぐら』のように、常に人気なのが『Hairy Maclary』シリーズ。作者であるリンリー・ドッドは児童文学界での貢献が認められ、ニュージーランド・メリット勲章を受けている。このシリーズも日本語に訳されている。邦題は『もしゃもしゃマクレリー』。犬のマクレリーとさまざまな種類の犬たち、さらには猫やアヒルなどが登場する。原作は、子どもたちが数回も読めばそらんじられるような、韻を踏んだリズミカルな文章で構成されており、その良さは和訳にも反映されている。すでに20作以上が出ているが、日本語になっているのはまだたった3作。さらなる翻訳が待たれるところだ。
また、そのほかのニュージーランドの児童文学作家の代表といえばジョイ・カウリーだ。絵本、小説、詩集から小学校の読本まで幅広く執筆しており、その著作は数知れない。前回ご紹介した、ヘビとトカゲの友情の物語、『Snake and Lizard』は彼女の作品で、『ヘビとトカゲ きょうからともだち』という題で和訳が出ている。しかし、そのほかは『ハンター』『三千と一羽がうたう卵の歌』『帰ろう、シャドラック!』といった小学生向きのものが少しと、数冊のノンフィクションが出ているのみ。この国で幼児に人気の『Mrs. Wishy-Washy』シリーズや『Nicketty-Nacketty, Noo-Noo-Noo』、欲張りな猫が登場する『Greedy Cat』シリーズは、日本でも受けると思うのだが……。
日本の子どもたちにも読んでほしい、先住民マオリの伝説
ニュージーランドとくれば、忘れてはならないのが、先住民マオリの言い伝えだろう。お話として、十分面白く、人種にかかわらずこの国の子どもに愛されている。中でも有名な、少年マウイが、空を進む太陽の速度を遅くした話は、『マウイたいようをつかまえる』という絵本として、また水辺に住むといわれる怪獣、タニファと少年の交流を描いた創作物語、『タニファ』が日本では出版されている。
しかし残念ながら、マオリの伝説を扱う子ども向けの和訳本はこの程度しか見つからない。このほかにもニュージーランドの北島と南島ができた話、火が世界にもたらされた話、タネという男性が黄泉の国を訪れた話などは、日本人にお馴染みの「国造り」から始まる記紀伝説に似た点もあり、日本の子どもたちであれば、自然に話の中に入っていけるのではないだろうか。マオリ神話が、もっと日本の子どもたちに読まれるようになってほしいと切に願うばかりだ。
マオリ語で語られ、英語の字幕がついている、『マウイたいようをつかまえる』のアニメーション。 ピーター・ゴセージ作、浜島代志子訳(偕成社)
《クローディアー真理/プロフィール》
フリーランスライター。1998年よりニュージーランド在住。文化、子育て・教育、環境、ビジネスを中心に、執筆活動を行う。こちらに来て知り合った、日本人の同僚は、「小さい時にニュージーランドのことを本で知ったから、今自分はここにいる」と言っていた。そんな風に小さな心に、本を通してこの国の素晴らしさが刻み込まれるといいなぁと思う。