第26回 民族大移動

サンパウロの東洋人街(2004年に日本人街から名称が変わった)にある日本のお寺

成田からドーハまでカタール航空はがらがらだった。座席の肘掛が中途半端にしか上がらないのと熱いおしぼりがないこと以外はすこぶる快適だった。しかし、ドーハから先は様相が一変した。私の行き先はアルゼンチン・ブエノスアイレスだが、その前にブラジル・サンパウロを経由する。機内はほぼ満席。乗客の1割はブラジル人、もう1割がアルゼンチン人とその他の外国人、そして、8割を占めていたのが中国人だったのだ。

バブルを謳歌している中国人が世界中を闊歩しているが、彼らはだいたい団体ツアーだ。だが、ドーハの待合室にいる彼らはどうもツアー客ではなさそうだ。垢抜けた富裕層という感じもしない。それどころか、観光客特有のはしゃいでいる様子が一切なかった。

どう考えても彼らは移民であろう。ブラジルでのワールドカップは昨年7月に終わったが、2016年にはまだリオデジャネイロでオリンピックがある。最初のビッグウェーブに乗り遅れても、第二波には今からならまだ間に合う。

実はブラジルは不法滞在に関してかなりゆるい。出国時にオーバーステイした分だけ罰金を払えばよい。何年オーバーステイしても罰金の上限は4万円程度。支払い後8日以内に出国すれば、また新たにビザの申請ができるという太っ腹ぶりだ。しかも、運が良ければ、恩赦で永住ビザが出ることもある。最近では2009年に恩赦が出た。

ブラジルの公用語はポルトガル語である。今やポルトガルよりもブラジルの方が人口も多く、経済的な勢いがある。旧植民地に負けている旧宗主国の危機感からか、在日本ポルトガル大使館では無料でポルトガル語講座を開いている。人気の初級講座が取れず、初心者なのに中級講座を受けていた中国人の女の子は、いつも最前列に座っていた。この恥も外聞もないメンタルの強さよ! 彼女の背中を見ながら、中国人にはやっぱり敵わないと思ったものだ。

予想どおり、中国人は一人残らずサンパウロで降りていった。ブエノスアイレスまではがらがらだった。ドバイ経由ブラジル行きのエミレーツ航空は、中国人に加えインド人でいつも満席だと聞く。

東京都内にはインドカレーの店がたくさんある。さしてお客が入っていないインド料理店がなぜ潰れないのか? それは従業員に就労ビザは出すが給料は出さないからだ。中国人には中国人の、インド人にはインド人の抜け穴がある。かくして中華料理屋とインド料理屋は世界中どこにでもあるのだ。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒。同大文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が7年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2015年現在、47カ国を歴訪。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

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