第30回 あなたいったいなに人ですか?
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運び屋の仕事は、空港に始まり空港に終わる。運送屋から受け取ったブツと一緒に日本国内の空港を発ち、目的国の空港で荷受人にブツを渡す。たまに現地で配達することもあるが、9割が空港で任務完了である。その後は帰国まで自由に過ごしてかまわない。

一時期、ロサンゼルスの荷受人が中国系アメリカ人だった。実際に空港にやってくるのは彼の手下だったので、当人の姿を見たことはない。とても流暢な日本語を話すので、電話で話すかぎりはまったく日本人のようである。台湾は親日で日本語を学ぶ人が多い。彼は大陸ではなく、台湾の人なのかもしれない。

メキシコとの国境にあるアメリカのとある町では、荷受人は駐在員だと思いこんでいた。名字が日本人だったからだ。しかし、現れたのは見るからに日本人なのに一言も日本語が話せない日系アメリカ人であった。イギリスの作家カズオ・イシグロのような日系一世だ。両親ともに日本人でも幼いときに移住してしまうと、生活環境によっては母語を忘れてしまうこともある。あるいは両親が日本人とアジア系アメリカ人のカップルで、家庭での会話はもっぱら英語だったのかもしれない。

ちなみに、アメリカとメキシコの国境の町では、日本人駐在員はアメリカ側に住んでメキシコに通うことが多い。具体的にはサンディエゴからティファナへ、エルパソからシウダー・フアレスへ、マッカレンからレイノサへ日帰り出張するのである。なぜならメキシコの治安に不安があるからだ。国境にはビジネスマンだけでなく、マフィアも駐在している。

「スペイン語わかりますか?」メキシコの税関で親切に声をかけてくれた謎の東洋人。日本語の達者な中国人や韓国人のような日本語を話す彼の正体は、メキシコ生まれの日本人だった。やはり外国人っぽい日本語を話す、メキシコからの帰国便で知り合った謎の東洋人は、沖縄にルーツを持つ日系ペルー人だった。荷受人があまりに自然な日本語を話すので、ずっと駐在員だと思っていたら、実は現地生まれだった! なんてこともあった。

中国、韓国はもちろん、ほぼアジア全域で、私は地元の人から現地語で話しかけられる。アメリカ、メキシコに至ってはよく道を訊かれる。日本航空や全日空でアメリカへ飛べば、CAに英語で話しかけられる。ユナイテッド航空やアエロメヒコ航空でメキシコに行けば、メキシコ人用の入国書類を手渡される。日本を出国時にチェックインカウンターで「あちらにお住まいですか?」と訊かれ、入国時に税関で「一時帰国ですか?」と尋ねられる。誰よりも国籍不明なのは実は私なのかもしれない。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒。同大文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が7年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2016年現在、48カ国を歴訪。処女作棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

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