第6回 仕事は選ばなければある、とは言うが

帰国を決意した理由の一つに、日本は好景気で人手不足なので、仕事は“選ばなければ”ある、と聞いていたから。確かに新卒の就職率が高くなり、少子高齢化の人手不足は深刻で、特に飲食店は人材が確保できずに営業時間を短縮せざるを得ない店もあるらしい。いざとなればファストフードかコンビニで働けばいいし、なんて気楽に考えていたのだ。

この夏、日本は酷暑で「命に関わる暑さなので、不要不急の外出は避けるように」とTVニュースでも繰り返していたほどなので、新しい仕事を探す気が起こらず、9月に入ってからぼちぼちと就職情報サイトなどをチェックし始めた。

ちなみに正社員になるつもりはない。過去に4回企業に正規雇用されたが、最長で1年1ヶ月、最短7ヶ月で辞めてしまった。会社勤めが性に合わないので、フリーランスとして働き続けることに決めていた。

まずは本業ライターの仕事を探すが、日本でライターとして生計を立てていた二十数年前に比べれば原稿料は驚くほど下がっている。クラウドワークスに登録したが、「高単価一文字1円!」なんて文句が踊っているので、げんなりする。

フランス語を生かせるような仕事も探してみる。「フランス語通訳、勤務地箱根」という募集を見つけ、箱根なら家から近いと応募したところ、ほどなく東京に本社があるインバウンド関係の会社から連絡があった。

まずは説明会に参加し、それから二日間の研修を受けることになる。1日目はその会社の会議室で座学の研修である。自分と同世代らしい参加者が多く、何となくほっとするが、業務内容の説明を受けているうちにこれが「ブラック企業というやつか」と感じることがしばしばあった。

例えば、飛行機で到着した客を出迎えてタクシーやリムジンに乗せるという業務があるのだが、それに関して「ギャラは、飛行機の到着予定時刻からの換算になりますが、その1時間前には必ず待機して下さい」と講師(社員)が命令口調で言ったり。また、「経費建て替えの時にクレジットカードは使わないでください。皆さんがポイントを受け取ってしまうので」なんてことも宣ったのでびっくりする。クレカで1%程度のポイントをゲットして何か問題があるのか?「建て替えていただくので、せめてポイントでも稼いで下さい」くらいのことが言えないのだろうか?

二日目は午前中が1回目の研修内容についてのテスト、そして午後は東京駅と羽田空港の研修であった。

ちなみに1日目は金曜日で、トイレですれ違う社員たちがみんな疲れた顔をしていたが、週末で疲れも溜まっているだろうと思って眺めていた。ところが2日目の研修は月曜で、その朝からまたまた社員たちはげっそりした顔をしている。中には、歯を磨いている人もいて、ひょっとしたら週末会社に泊り込んだのでは、と疑ってしまう。日本の働き方改革って進んでいるのだろうか?

研修の修了証なるものがメールで届き、次は朝9時開始の成田空港研修に参加するように言われる。我が家から成田まで片道2時間40分かかり、朝9時からの研修は始発バスでも間に合わないこともあり、断ったところ、「他にもこの研修を受けたい人はたくさんいるのにあなたが受けると言ったから断った。受けないとは何事だ」という内容のメールが来た。確かに研修日時を選ぶ時に成田研修の参加可能日も記入した記憶がある。しかし、非難するような文調に腹が立ち、「成田への往復5時間以上の移動時間がギャラに換算されないということなので依頼されても成田での仕事を引き受けるつもりはないから研修は参加しない」と伝えたところ、「成田研修は内容が充実しており、ためになるとの理由で地方からわざわざ参加する人もいる」という内容の返事が来た。交通費や宿泊代を払ってこの研修だけのために地方から参加する人がいるとは信じられなかったし、そもそも研修中になんとなく感じた講師からの「雇ってやる」、「使ってやる」という態度も思い出され、頼まれてもこんな会社とは仕事をするものか!と思った。この人手不足の時代にこのようなブラックな体質を改善しない企業には人材が集まらなくなるということを思い知らしめてやるべきではないか?などと私が決意する必要もなく、その後その会社からは一切連絡がなかった。文句を言わずに与えられた仕事をありがたく引き受ける人材にしか興味がないのだろう。

贅沢を言うつもりはない。それでも、社員や外部スタッフをリスペクトして、適切なギャラを払う会社を選んで仕事をしたいと思っている。

江草由香(えぐさゆか)/プロフィール
編集者・ライター・通訳・翻訳者・イベントコーディネーター。
立教大学仏文科卒。映画理論を学ぶために96年に渡仏し、パリ第一大学映画学科に登録。フランスでPRESSE FEMININE JAPONAISEを設立し、99年にパリ発フリーペーパー『Bisouビズ』を創刊し、現在日仏バイリンガルサイト『BisouJaponビズ・ジャポン』の編集長。個人ブログは『ビズ編集長ブログ』