第1回 インド人自らが野蛮人と呼ぶ国民

インドで生活を始めて2年目、2008年のことだ。夫が転職をし、これから勤める現地法人の会社の社長であるインド人に挨拶をすることになった。初対面の私との会話の中で、彼がこんなことを言った。「インド人の90%は野蛮人ですからね」日本の大学で教育を受けたというこの男性は、日本語を流暢に操り、いつも小綺麗な身なりをしていて、立ち振る舞いもスマート。そんな彼が野蛮人という言葉を使うのだから、私はかなり驚いた。

当時のインドといえば、1991年より約6年間大蔵大臣を務め、インドの経済発展に大きく貢献をしたマンモハンシンが首相につき、世界中から、右肩上がりの経済成長が注目されていた頃だ。日本でも連日インドの話題が取り上げられ、空前のインドブームが起きていた。インドに住んでいると言おうものなら、いろいろと質問攻めにあったものだ。

しかし、実際にインドに足を踏み入れてみると、首都ニューデリーでさえ、至る所にゴミが捨てられ、牛や犬、カラスがそれらをあさり、壊れかけた公衆トイレからは常に異臭がした。車、リキシャ、バイク、人、牛、あらゆるものがぎゅうぎゅうと集まっていて、経済成長なんてどこ吹く風、他国の発展それがどうしたと自らの時間の流れを悠々と進んでいた。

相手の目をじっと見据えるインド人

そこで生きているインド人たち。褐色の顔に白目がぎょろりと目立ち、好奇心旺盛にじろじろと眺め、常にクラクションを鳴らして運転し、場所や場面を考えずにおしゃべりに熱中し、ゴミ箱がなければどこにでもゴミを捨てる彼らのことを、前述のインド人が野蛮人と呼んだことについて、完全には否定できない自分にはっとした。

彼はこう付け加えた。「インドの教育制度は、国民全体に平等に行き渡っていません。制度があっても、貧しい家庭の子供たちは教育を受ける時間がなく、その子供が大人になっても、同じ連鎖は続いていくから、いつまでたっても変わらないのです」他国を知ったからこそ、自分の国に対する不満や苛立ちがつのり、あえて野蛮という言葉を使ったのだろうと彼の心中を思い図った。

この出来事は、私にとって最初の衝撃であった。しかし、インドが歴史の中で引き継いでいるものがもっと根の深いものであると知るのは、もう少し後になってからだった。

さいとうかずみ/プロフィール
2007年より8年インドに居住。インド国内での転居のために一時帰国している間に、図らずも、インド生活が終焉。現在、インドネシアに住んで2年目だが、日常のあらゆる場面において、インドでの強烈な記憶が蘇る。消化しきれないインドへの思いを、インドネシアの生活から垣間見つつ、綴っていこうと決意した途端、2019年春、再びインドに呼び戻されることに。