第19回 新型コロナウイルス感染渦中に翻弄されて

新型コロナウイルスが登場して早一年。わたしたちの生活は一変した。ウイルスの拡散を封じ込めるため移動が制限され、人との距離を保つためハグもためらわなくてはいけない不思議な時間が流れていった。それでも雪の季節を迎え、フリースタイルスキーのジャッジとして国外大会の手伝いに出かけるようになった。

病院のベッドで病と闘っておられる方々や、コロナ禍の影響で仕事もままならず心身ともに疲弊されている方が世界のあちこちに増えている中、スポーツの大会は不要不急なのか、と自問すれば答えに窮する。だが、人間も含めあらゆる生き物にとって、今はそれぞれにとってかけがえのない瞬間で、一生に一度の今日は明日にはもう手に入らない。今しか生きることはできないのなら、他の人を傷つけない限りできることは実行したい、とわたしは考える。

そして、新型コロナウイルスの感染リスクをできるだけ減らし、大会を運営するにはどうしたらよいか? と考えた末に実現したのがオンラインジャッジングだった。あれこれ考えているだけでは何も始まらない。やってだめなら直せばいい。チャレンジ大歓迎。大会開催のため、選手は物理的に会場にいなければ大会参加は不可能だが、ジャッジは現存のテクノロジーを活用すれば自宅から大会に参加することも可能である。オンラインでできる条件が整った大会では積極的に取り入れた。インターネット環境の不具合や勝手の違うコミュニケーション手段など、とまどうことも多かったが、意外と使えるな、というのが実感。想像だけでは分からない、やってみたからこそのプラスの発見だ。

さて、大会への移動はいつも以上に緊張した。息苦しいマスクを外してほっと深呼吸できるのはホテルの自室のみ。1月、ワールドカップ2大会を終え自宅に戻った翌朝、次の大会用にPCRテストを受診した。出発日の早朝、空港に向かう前に届いた結果には‘Positive‘とある。わが目を疑ってみたけれど、結果は変わるはずもなく、旅行会社にチケットのキャンセルのお願いをし、現地入りしていたレースディレクターにも事情を話す。「それで、症状は大丈夫?」といういたわりの言葉の次に、彼の口から出たのは「体調がよければオンラインでジャッジできるように手立てを考えてみよう」との言葉。罹患を責めるのではなく、状況を踏まえ、大会のためにいちばん必要な方法をすぐに考える姿勢には感謝しかなかった。

また不幸中の幸いだったのは、それまで2週間一緒にジャッジをしていた仲間に陽性者が出なかったこと。そして、その後2日ほど熱があがったが、味もにおいも失うことなく、軽症で自宅隔離を過ごし、家人も羅患しなかったことだ。

さてさて、陽性反応からひと月あまり元気に過ごし、3月になって、世界選手権大会のために受けた抗体検査は「ポジティブ」で、PCRは「少しポジティブ」という結果。飛行機に乗るためには証明書に「ネガティブ」の文字が必要なため、検査結果を伝えてくれたクリニックは、コロナウイルスの伝染性はないけれど、念のためもう一度テストを受けることをすすめてくれた。ストックホルムの空港でPCRテストを受診、旅行会社には翌日のチケット再手配を依頼し、結果出る夜までやきもきしながら時間を過ごした。もしもまた陽性だったら、リモートジャッジができるのか、別のジャッジを手配するのか、また迷惑をかけてしまうなぁと、あれこれ頭の中を駆け巡る。やがて送られてきた証明書には‘Negative’の文字。どれだけほっとしたかは言葉に尽くせない。そして、アルマトイの世界選手権を終えて、シベリア、クラスノヤルスクへ移動し、世界ジュニア選手権大会も無事終了した。

国境を超えるだけでもコロナ禍が課したハードルは高かった。たとえばコロナウイルスの陰性証明、ビザ発給のための政府の招待状や国際スキー連盟からのサポート書類の準備などが必要だった。まさに多くの方々の尽力があったからこそ大会が可能となった旅路だ。

常日頃から、大会運営は主役の選手がいなければ何も始まらないが、選手だけでは大会は成立しないのだと意識してきた。コロナ禍で関係者すべての協力があって初めて大会が開催されることをしみじみ実感したシーズンだった。

 

田中ティナ/プロフィール
「ポジティブ」は一般的にはプラスの意味で使われるが、コロナ禍の折、PCR証明書の「POSITIVE」はこころの底から恨めしい。逆に負の意、「NEGATIV」の文字を大会協力に必要なPCRテスト結果に待ちわびたのはとはなんとも皮肉。ポジティブが前向きな意味で意識される日が来ることを切に願う毎日だ。