文:たき ゆき(ドイツ・キール在住)

昨年の秋ごろから、幼稚園では「お父さん」がブームである。送り迎えに父親の姿を見かけることがぐんと増えたのだ。田舎の幼稚園だから、農業を営む家などもあり以前から父親が付き添って来る例はいくつかあったが、この頃はサラリーマンの父親が続々登場、通園してくる子どもの約半数は「パパ」とやって来る。

喜ぶ子どもたちの笑顔とうらはらに、ブームの背景にあるのは地元企業の時間短縮だ。ある母親は「あら、今日はお休みですか」とうっかり声をかけ、悲しい反応をされて困ったと話していた。経済危機の波は北ドイツの田舎にまでひたひたと押し寄せ、多くのサラリーマンが、働きたくても週に何日かは出勤できない、遅く出勤して早く帰宅する、という状況に追い込まれた。今年5月にドイツ政府が時短手当支給期間延長を承認したことに見られるように、世界的には回復基調といわれる現在でも時短を継続する企業が多く、好転はまだ肌で感じられるほどではない。

理由はともあれ、突然子どもたちと時間を共有できるようになったお父さんたちの反応を観察するのは、ある意味たのしい。いろんなタイプの父親がいるが、いちばん目立つのは「頑張って幼稚園に慣れよう」タイプだ。門を入ってから玄関にたどりつくまで、忘れ物はないか、注意することは何か、などを我が子にずっと語りかけ、幼稚園の先生にも昨日の「我が家の一日」を話して聞かせ、仕上げにお母さん同士の噂話にも参加してからやっと幼稚園を後にする。完璧なまでにすべてをこなして、お母さんの中にはひき気味になってしまう人がいるほど。それから数の上でかなり多いのが「場違いなところにきちゃった」タイプ。挨拶など必要最低限のことは口にするが、やらなきゃいけないことをさっさと終わらせて帰りたいという気持ちが表情や動作にも表れている。でも、ふいに小さい子どもたちに囲まれて質問攻撃にあったりすると、急に相好を崩して、やっぱり優しいパパの顔がのぞく。「おっかなびっくり」タイプもいる。幼稚園に通ったのはもう数十年も前のことだし、その頃は母親がすべてお膳立てしてくれていたからか、何をやるにも自信がない。これはどうしたらいいのか、あれはどうしたらいいのか、と子どもに一所懸命尋ねているのだが、当の子どもは遊びに夢中で答えてくれず、途方にくれている。「あなたの子のリュックサックはこれ、靴はここにありますよ」とちょっと教えてあげただけなのに、いたく感謝されてしまったこともある。

急に幼稚園という未知の世界に足を踏み入れることになったお父さんたちの心中を思い図ると、複雑なものがある。時間短縮は深刻な問題だ。働く時間がカットされる分だけ収入も減るのだから、今までの生活水準が維持できるか、という不安と直面することになる。失業者を出さないための時短だから、さっさと見切りをつけて他の職を探すというわけにもいかない。収入削減分をどうにかして埋めようと、母親がパートに出る例も多い。心の奥に心配を抱えながら我が子と朝の一歩を踏み出すとき、晴れわたった初夏の空をうらめしく眺めてしまうことだってあるだろう。

しかし当の子どもたちは、そんな危機感とは無縁だ。それまで自分と母親の世界でしかなかった幼稚園に父親と来ている、という何か特別な気分を大いに満喫している。そのうち子どもたちの間で「パパ」の送り迎えを自慢することまで流行るようになった。「今日はパパと一緒に来たんだぞ、いいだろー!」とひとりが言えば「あたしだって、パパが迎えに来てくれるんだもん!」ともうひとりが返す。だんだんエスカレートして、ついにはうちの娘たちまで「パパ、幼稚園に連れてって!いつもママじゃつまらない」などと言い出す始末だ。

ひょんなことから始まってしまった「お父さん時間」だが、子どもたちの笑顔を見ていると、あながち悪いことばかりではないのかな、と思えてくる。意識こそしていないものの、子どもは、自分がいつもどんなことをして遊んでいるか、どんな友達がいるか、お父さんにもわかってもらいたいのだろう。父親たちも新たな刺激を受けているかもしれない。実際、ある父親は「みんなのために」と遊具の修理をかってでてくれた。父母会に参加する父親も増えた。彼らの意見は新鮮で、違った視点から物を眺めることの大切さを教えてくれる。元気な子どもたちから、父親もエネルギーをたっぷりもらって、さまざまな危機が乗り越えられるよう心から応援したい。

≪たき ゆき/プロフィール≫
レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、9歳の長男、6歳の長女、4歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。