第9回 究極の職住接近-作りながら住むということ 

リノベーション途中の家に住みながら残りを自分たちで仕上げていくなんて、一生経験しないだろうと思っていた。が、しかし2011年9月、まさにそれが現実となった。人生なにが起こるかわからない。一日の仕事を終えてリラックスしようと思っても、やりかけの作業はいやでも目にはいる。見えてしまえば気になるし、この先やるべきことを想像すると気がめいったり。改築中の場所に暮らすことがこんなにイライラするものだとは思いもよらなかった。


松材の下には床暖房のパイプ、ビニールシートと緩衝材。ハンマーでパネルをきちんとはめ込む。
床暖房の温水パイプをキズつけないように注意しながら釘で固定。60㎡ほどの床を2日で仕上げた。

2階に寝泊りしながら、ペンキ塗りと壁紙貼りの終わった1階の床を張る。2階は表面を削って古い床材を流用したが、1階の床はキズが多かったので全取替えを検討。素材、色味などを吟味して木の質感が感じられるものを、と、100年ほどかけて成長した松の木を材料にした床材をスウェーデン中部、ダーラナ地方の会社に注文した。床暖房の熱が効率よく伝わるように厚さは14mm。表面をニスでコーティングしていないので、冬でも裸足で歩くと木肌の感触とともにほんわかと伝わるぬくもりが心地よい。

ただ、長所と短所は背中合わせにあるもので、無垢の松材はすぐにふき取れば跡は残りにくいもののコーヒーやイチゴなどをこぼせばシミになるし、とがったものを落せばキズがつく。もちろんある程度注意してはいるけれど生活していればアクシデントはつきもの。気にしすぎると生活できなくなってしまいそうなので、キズもチャームポイントのひとつと考えることにした。

引き続きキッチン整備にとりかかる。窓が多い家には棚を作りつける壁が少ないので、収納はキッチンアイランド(独立したカウンター)を含めて足元のスペースを活用。料理のしやすい高さを決め、冷蔵庫の位置を確保しながらIKEAの収納カバーを固定した。枠組み完成後、シンク、水道の蛇口、冷蔵庫、IHクッキングヒーター(電磁調理器具)を設置。あとは換気扇を待つばかりというところまで完成したが、10月、窓を開けて空気を入れ替えるには寒く感じられるころになっても換気扇が到着せず、となりのサマーハウスで料理する日が続いた。

玄関部分はとくに冬、雪や氷でぬれた靴などが乾きやすいように床暖房を設置。タイルの継ぎ目には水が染みこまないように目地材を塗り、さらにシリコンで防水したのだが、このシリコンが厄介者だった。べとべと指にまとわりつくし、はみでたものを布でふき取ったつもりが、布についていたシリコンが別のところにくっついたりと、イライラがつのる。ひとえに扱いに慣れていない私のせいなのだし、シリコンに八つ当たりしてもしょうがないのはわかっているけれどもどかしい。こればかりは怒りのもって行き場がなくて、「やまない雨はないのだ」と自分に言い聞かせてみたりした。

そろそろ深夜や早朝ともなれば気温がマイナスになることも多々ある晩秋、10月下旬のある日、夫の友人で我が家の技術コンサルタントがポンプ室の整備にやってきた。暖房用のポンプや水道設備などを設置した1階のバスルーム下にあるポンプ室のアクセスは外からなので、マイナス気温が続けば水道管だけではなくポンプも凍結し破裂すること必至。壁は発泡スチロールなどでできるだけ外気を遮断し、機械が壊れたときなどに出入りしやすいように外壁と入り口も断熱材で覆ってひと安心。

「パキッ! ミシッ。パリリッ……」。2階に仮住まいをはじめてひと月ほどたったころ、寝る前にベッドで本を読んでいると突然、家が悲鳴をあげた。
「改装途中で家が壊れるの?」、とドキドキしたのだが、見上げればパネルの継ぎ目にもペンキを塗って完璧にまっ白だったはずの天井、その継ぎ目に亀裂発見! なるほど、音の原因はこれだった。
なにせきちんと人が住むのは何十年ぶりかの木造家屋。古い木材パネルにペンキを塗りなおした天井は長い年月夏冬の温度差に耐えてきたけれど 今回新設した暖房でいっきに乾燥がすすんで縮んだというわけ。

後日談をふたつ。出張から帰った冬のある日、ベッドの上になにやらぱらぱら散らかっているものがある。よく見ればおがくずで、乾燥がすすみさらに広がった天井パネルの隙間から天井裏に残っている昔の断熱材、おがくずがこぼれ落ちてきた。また、木のパネルを新しく張った壁からはまるで「私はまだ生きているのよ」、と主張するかのように、松脂が染み出てくる。ホラー映画ではないけれど、温度に応じて伸びたり縮んだり、「この家は息づいている!」、と家人と実感している。

田中ティナ/プロフィール
エステルスンド在住。ライター、写真撮影、翻訳業。冬はフリースタイルスキー(モーグルなど)のジャッジとして活動。2010年より義母より譲り受けた古民家を本格的に改築開始。2011年秋、新居に引越し。2012年現在、玄関に屋根つきポーチ設置中。