日本なら新居がすべてできあがってから引越しするのが一般的だと思うけれど、スウェーデンではとりあえず住める部屋で暮らしながら残りの部分を作っていく人も多い。それも、少しくらいの不便は気にせずとりあえずある条件でベストを尽くし、できることは自分でやりたいという心意気と、作業に割くことができる時間を日常的に持つことができるライフスタイルがあるからこそ可能なのかもしれない。隣にある義母のサマーハウスに仮住まいしながら作業を続けていたが、サマーハウスのスペースも手狭だったので、まず寝床確保を目標に寝室とメインバスルームのある2階に作業を集中させた。
リノベーションについてなにも知識を持ち合わせていない私。バスルームはタイルを敷き詰めて間を目地で埋めたらできあがりと思っていたらとんでもない。水漏れが木造住宅に与えるダメージは深刻で、修繕費も手間も大きな負担になる。「タイルでデコレーションする前の防水加工が肝心」、と夫。まず床暖房設備の上に石膏素材の床板を敷き、それからモルタルを流して下地を作る。さらに結露した蒸気の水分などが壁や床から染みこんで家の本体にきのこやカビが生えないように特別な防水シートで覆う。またシートの下に空気があるとシートが傷つきやすく破ける原因になることもあるので空気を逃がしながら、とくに上下水道のパイプまわりは念入りに、慎重に作業した。
床はモルタルの下地完了(左) トイレ部分の上下水道配管。ブルーのシートが防水加工材料(右)
バスルームも真四角ではないためタイルを貼るのもまるでパズル。壁には上下水道管や窓枠やらの障害物があるし、床は水が排水溝に流れるように微妙な傾斜が必要と、要所ごとに細かな対応に追われ気が抜けない。夫は最初にぐるりと壁を仕上げてから床にとりかかった。いつも目にするスペースがきれいに仕上がるように全体のレイアウトを考えつつ、ディテールは必要に応じて整形したタイルをあてこんでいく地味な作業の繰り返しだ。
(左から)・貼りつけ用モルタルを専用のこてでむらなく塗る。・ロープをはさみタイルの間が等しくなるようにする。・力を入れすぎてわらないようにでもしっかりくっつくようにタイルを押し付ける。・1階のバスルームはトイレと洗面台のみなので壁の下部のみ防水シートとタイルで仕上げた。
(左から)・タイルの大きさに微調整が必要なときには専用カッターでカット。・2階バスルーム、左がシャワー部分。サイズの小さなタイルを使い排水溝への傾斜を微調整。・洗面台の左部分にはバスタブを設置した。
タイルを敷きつめたら、次はモルタルでその間をうめる作業。タイルからはみ出た余分な目地材をスポンジで拭きとるのは私の任務だ。「手袋着用。素手で触らない」という、目地材使用上の注意事項をうっかり見落としたのが痛かった。素手で作業するうちに水で皮膚がふやけ弱くなったからなのか押しつけながらスポンジを使う手のひらと指先がだんだん痛くなってくる。が、「モルタルが固まる前に拭き取らなくては」、と時間との勝負でもあったので「手が痛い」などと泣き言を言う暇もなく作業続行。どうにか最後のひとふきを終え洗った手を見てびっくり。なんと、指先や手のひらの皮がぼろぼろと、無残な状態に変わり果てていたのだ。道理で痛いはずである。タイルについた目地材を擦りとりながら自分の皮膚も削っていたとは。その晩から一両日はご飯を食べるフォークを持つのもひと苦労。夜は痛さで目がさめることも何度かあった。肉体的な苦痛に加え、翌日からの作業に支障も出るなど踏んだりけったり。注意を怠ったことへの代償は痛かったけれどこれもまたいい学びの種になった。
バスルームについてもうひとつエピソードがある。トイレは床設置式ではなく、壁の中に水洗タンクを埋め込む壁掛け式にした。タンクを設置した壁の中にも防水加工が必要だったが、2010年にタンクや上下水道の配管を整え壁を作ったときには誰も気づかず、防水加工をせずに壁を閉じてしまった。いまさら壁を壊してやり直すのは、余分な気力と労力が要求されるため、代替案として漏水検知器をタンクの下に設置。もちろん余計なレッスン料も痛い出費となった。
バスルーム作業がひと段落した8月中旬から、自分たちはモールディング用の材木や窓枠にペンキを塗ったり、IKEAのベッドを組み立てたりしながら、技術や資格が必要な水と電気関連の仕事をプロにお願いした。配管関連は暖房システム機械の設置と配管、そのパイプに特殊な液体を充填しポンプを調整、2階の温水暖房パネルの配管と設置、1階と一部2階床暖房へのパイプ接続、シャワーと蛇口の取り付けなどなど。また電気系はフューズボックスへの電線の接続、電磁調理器やオーブンなど大型電気器具の接続、そして温水洗浄便座用100Vの変圧器設置と暖房システムの温度計(室内外)設置などをプロは手際よくこなしてくれた。
かねてから念願だった2階部分のベッドルーム、仕事部屋そしてバスルームが使える状態に仕上がった9月、新居に仮引越しした。1階の作業はまだこれからなので、階段を上がったところで外靴を脱ぎ土足厳禁は2階部分だけと変則的ではあったけれど、自分たちが手塩にかけた家に住むことができるのは心底うれしくほっとした気分。
2007年に夫家族の荷物を片づけはじめてから苦節足掛け5年。「家一軒あるといつもなにか直すことがあるから『家の完璧な完成』はない」とは言うものの、とりあえず住居としての器の完成までもう一息のところまでたどり着いたことを実感した初秋であった。
《田中ティナ/プロフィール》
エステルスンド在住。ライター、写真撮影、翻訳業。冬はフリースタイルスキー(モーグルなど)のジャッジとして活動。2010年より義母より譲り受けた古民家を本格的に改築開始。2011年秋、新居に引越し。2012年夏のミッション、残るは玄関への屋根つきポーチ設置。