この国で一番大きな街オークランドで、「バード・レディー」といえば、シルビアさんだ。小学校の読本に紹介されたりもしている彼女は、鳥の保護を専門に行っている。
ずいぶん前のことになるが、私は彼女のところに「ジーザス」と「コンフューシャス(孔子)」を連れていったことがある。
ジーザスとは、庭にポツンと落ちていた鳥のひなのこと。クリスマスが目の前だったので、小さくはかなげにピィピィと鳴くひなに、この恐れおおい名前をつけた。動物だったら、どうしてやればいいか、ある程度想像はつくが、鳥、それもひなの場合、皆目見当がつかない。小さいだけに弱るのも早いので、獣医さんに相談すると、シルビアさんの名前が即座に挙がった。
シルビアさんが運営する、鳥の保護施設にジーザスを連れて行く時、一抹の不安があった。素人の私の目にも、ジーザスはどこにでもいそうな平凡な鳥だったからだ。それでも助けてくれるのだろうか? この国固有の鳥類は数が減ってきているケースが多く、とても大切にされている。保護してもらえるのは、そんな特別な鳥だけなのではないか?
しかしシルビアさんのところに着くと、そんな不安はいっぺんに吹っ飛んだ。門を入ると、カモ、アヒル、そしてペンギンまでもが、それこそ元ペットも、野性の鳥も、固有の鳥も、皆いっしょくたに私たちを迎えてくれた。中に入っていくと、そのほかにも、カツオドリ、カモメ、白鳥、カワセミ、インコ、オウム、ニワトリ、ケレル(ニュージーランド・ピジョン)、ルル(フクロウ)……挙げれば切りがないほどたくさんの種類の鳥たちがいる。ジーザスは、早速手馴れたスタッフにエサを食べさせてもらっている。「もう大丈夫」と私はほっとした。
こうした鳥専門の保護施設、バード・レスキューセンターは全国各地に散在する。猫にけがをさせられたり、交通事故に遭ったり、釣り糸に引っかかったりと、鳥たちがここに連れてこられる理由はさまざまだ。年間、施設一軒あたり4,000~5,000羽を預かるという。けがを治療し、ひなであれば大きく育て、最終的には再び自然に還してやる。面倒を見るのは、ボランティアが中心。治療費などは、ガレージセールなどの収益金や、寄付金からまかなわれている。えさなども人々の善意に頼っている。1984年から活動を始めたという、このバード・レスキューセンター。ニュージーランド人の、鳥たちに対する愛情と情熱で続いているといっても過言ではないだろう。
その後もう一度、鳥を保護する機会があった。郊外を車で走っていた時、私たちの前にプケコという種類の原生の鳥が急に飛び出してきた。プケコは、長い脚の先には大きな爪、ブルーの体に赤いくちばしという姿が特徴的な鳥だ。比較的背が高いので、轢いてしまったかもと思い、車を止めて見ると、大丈夫、生きていた。ただしここからが大変で、なかなか車の下から出てきてくれない。その時、おなかが大きかった私は四苦八苦して捕まえ、見てみると、翼に少しけがをしているようだった。ギャーギャーと叫び声を上げるプケコをひざに、私は何とか助手席に収まった。ジーザスのことを覚えていた夫が、「『ジーザス』に対抗して、今度は『コンフューシャス』と名づけよう!」と笑った。行き先はもうわかっている。シルビアさんのところだ。
それから月日は経ち、もう2羽のことを忘れかけたころのこと。ふと庭に目をやると、珍しくもないクロウタドリが塀にとまり、一心にこちらを見ている。私はとっさに「あれ? ジーザス!?」と思った。クロウタドリはさっさと背を向け、飛び去った。またほかの日には、今まで庭で見かけたことなどなかった、プケコがポンガツリー(シダの一種)に不器用そうにとまっているではないか。「コンフュ-シャス、会いに来てくれたの? 足元、気をつけて!」と、心の中で声をかけた。
《クローディアー真理/プロフィール》
フリーランスライター。1998年よりニュージーランド在住。文化、子育て・教育、環境、ビジネスを中心に、執筆活動を行う。もともと動物好きだが、鳥に興味を持ったのは、この国に来てから。特に力強い羽音が太古の世界を想起させるケレルが一番のお気に入り。裏庭の林にやってくる多くの鳥たちと「共存しているなぁ」と日々、感じている。