第6回 行きつけの国~その3アメリカ~

サンフランシスコで見かけたメキシコの英雄が描かれたウォールペインティング

機内上映で『エリジウム』というSF映画を観た。舞台はスラム化した未来のLAだが、これはまさに今のアメリカそのものだ。監督はクレジットを見るまでもなく、予想通りにニール・ブロムガンプ。南アフリカ出身の彼は、前作『第9地区』でアパルトヘイト政策をベースにしたSFを撮った。

この映画に登場する荒廃したLAは、まるで中南米の市場である。ほこりっぽい大地にラティーノが行き交い、スペイン語が飛び交う。彼らの頭上には、白人や黒人の超富裕層が住む宇宙コロニー、エリジウムが輝いている。

アメリカの中で元々メキシコ領だったところは、スペイン語の地名が残っている。ロサンゼルスは本来はLos Angeles(ロス・アンヘレスと読む。天使たちという意味)だ。ネバダ、コロラド、テキサスもまたしかり。ニュー・メキシコにいたっては、英語の地名だが「新しいメキシコ」である。

空港でホテルのシャトルバスに乗りこむ。するとロペスみたいなラテン系ぶちかましの名字のIDをつけたおっちゃんがにかっと笑って言うのだ。

「あんた、スペイン語しゃべれるやろ?」

もちろんスペイン語で。ホテルに着いたらレセプションの、サンチェスとかガルシアとかいう名札のにいちゃんが、また満面の笑みで言う。

「俺らもスペイン語しゃべれるから心配すんな!」

おまえらにスペイン語でねぎらわれる方がよっぽど心配やっちゅうねん。「なんでスペイン語しゃべるってわかんねん?」と訊いたところで、なぜか誰もその質問にまじめに答えてくれようとはしない。そんなこんなで英語を一言も発する必要に迫られないまま、アメリカでの一日が終わる。

ネタバレになってしまうが、貧民たちが宇宙コロニーを数と力で掌握して『エリジウム』は終わる。もちろんアメリカ全土にラティーノがいるわけではないし、どこでもスペイン語が通じるわけではない。しかし、この映画の結末はまさにアメリカのそう遠くない未来の姿である。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒。同大文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が6年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2013年現在、46カ国を歴訪。処女作『棄国子女~転がる石という生き方~』(春秋社)絶賛発売中!

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春秋社『WEB春秋』「ここではないどこかへ」連載(12年5月~13年4月)
カジュアルプレス社『月刊リアルゴルフ』「片岡恭子の海外をちこち便り」連載中(08年8月~)
東洋マーケティング『Tabi Tabi TOYO』「ラテンアメリカ de A a Z」連載中(11年3月~)
朝日新聞社『どらく』「世界のお茶時間」ハーブの国の聖なるお茶 Vol.22 ペルー・アンデスのマテ茶(10年2月)
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