第3回 フィリピン人看護師

仕事がら、患者のプライベートな部分を見てしまう。看護師が尿道カテーテルを入れるのと前後して、モニターのための電極針を足に刺すからだ。余談だが、性器にピアスをしている女性患者がいて、手術室がわいたことがあった。

ある日のこと。

「この患者さん、割礼してない!」

不謹慎にも言ってしまった。割礼とは男性の包皮の一部を切除すること。ユダヤ教やイスラム教では信仰の一環として行われている。ここカリフォルニアでは、宗教に関係なくするようだ。実は私の息子達は、二人とも生後二日目に小児科医に割礼をしてもらっている。

この後、スタッフと割礼の話しで盛り上がった。

フィリピン系の看護師は、彼女の国では思春期を迎える前にこの儀式を受けるのが一般的だと言った。彼らは熱心なカソリック教徒だ。しかし同じカソリック教徒でも、国によって割礼をしたりしなかったり。勉強になった。

「私のお兄ちゃんはね、神父様からを事前に何回も説明を受けて臨んだのよ」

すると、別のフィリピン系の男性看護師が経験談を語り始めた。

「泣いたら男じゃない、ゲイだよ、と言われたからね。僕は割礼の最中じーっと我慢したよ」

彼はぎゅっと目をつぶって、こぶしを握り、痛みに耐える様子を再現した。手術室に爆笑が起こった。そして、フィリピン人看護師達は、お国の言葉であるタガログ語で何か会話を始めていた。

ここカリフォルニア州では、フィリピン人看護師が男女合わせて全体の20パーセントを占める。個人的にはもっと多いのではないかと思う。

フィリピンでは人気のある職業だという。

「大きくなったら看護師になるのよ」

おばあちゃんに言われ続けて育った、と言ったフィリピン女性がいた。昔は、女性の職業というと教師と看護師しかなかったと説明してくれた人もいた。

彼らは英語で教育を受けているから、アメリカに来て言葉で困ることは無い。米国で高収入を得て、国から親戚を呼び寄せている看護師もいる。アジアンウィーク紙によると、フィリピンでの看護師の収入は、米国の正看護師のわずか5パーセントだとある。

彼らは働き者だ。一般的に看護師は、一日に12時間のシフトを週に3回こなす。二つ、三つの病院を掛け持ちしているフィリピン人看護師は多い。12時間労働の後は、かなり疲れると思われるが。

そういえば第一回で登場した、ロックバンドの“ジャーニー”。現在のリードボーカルは、フィリピン人だ。彼らの活躍はすごいと思う。

伊藤葉子(いとう・ようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。