第3回 寝台列車、魅力いっぱい!狭さ上等!

寝台列車に乗ったことのある人なら、あの独特の旅情と楽しさはよくご存じだろう。夜更けに出発して、寝静まる町や静寂の草原を駆け抜け、稼働中の工場の灯りを窓に映しながら走る列車。窓の向こうには暗い景色、空にはチカチカと瞬く星……。まるで見知らぬ世界に飛び出して行くようなドキドキ感、ワクワク感。ただのひとり旅も、寝台列車に乗るとさらにワンランクアップしたかのように感じられる。

著書『イギリス鉄道でめぐるファンタジーの旅』でもロンドン・ユーストン駅~エディンバラ・ウェイヴァリー駅間を走る寝台列車、カレドニアン・スリーパーを紹介した。

目が覚めると外は夜明けのスコットランドの草原

夜更けのユーストン駅でカレドニアン・スリーパーの二等寝台客車に乗り込む。客室は二段の簡易ベッドと簡易テーブル&椅子があるだけの狭いシンプルな小部屋だが、列車が走りだすと、窓の外には魅惑的な夜の景色が流れ、寝るまでの間、飽きもせず窓に額を寄せて外を眺めていた。簡易ベッドは背の小さい私にはそこまで窮屈さを感じさせなかったし、レールから響いてくる振動もそのうち慣れてしまう程度だ。目が覚めると、窓の外は夜明けのスコットランドの草原。ちょうど客室乗務員が朝食を持ってきてくれたので、コーヒーを飲みながら東の空から太陽が昇るのを眺め、すっかり空が明るくなるまで、また飽きもせずに流れる景色を見ていた。

6時半にはエディンバラ・ウェイヴァリー駅に到着。朝に到着するということは、それだけ長い一日を過ごすことができるので、寝台列車は有意義な時間をもたらしてくれる。ただし、二等客車だと部屋はやはり狭いので、いくら私が小柄とはいえ、ごそごそしているうちに肘を壁に打ち付けたり、下段ベッドで起き上がって頭を上段ベッドの底にぶつけたりということはあった。しかしそれ以上に、狭い寝台列車を語る上で絶対に忘れられない思い出がある。

中欧を妹と二人で旅行した際もオーストリアのウィーンからスイスのチューリッヒへ向かうためにオーストリア国際夜行列車(ÖBBナイトトレイン)を利用したのだが、この二等寝台客室も例に違わず狭さ上等。ベッドを除けば1畳半ほどのスペースだ。

列車が出発して間もなく、私は二段ベッドの下、妹は上で寛いでいると、客室乗務員の男性がドアをノックして「お部屋は問題ありませんか?」と顔を覗かせた。私たちはYes……と答えながらも、彼を見て唖然とした。なぜなら、彼の頭は完璧なレゲエヘア。髪の毛の束がクルクルとスパイラルを描きながら肩の辺りまで垂れ下がっていたのだ。日本ではまず見かけないレゲエヘアの客室乗務員に私たちは感銘を受け、扉が閉まると「あのお兄さん絶対趣味レゲエだよね」「出身もキューバかジャマイカって顔立ち」などと適当なことをペチャクチャ喋っていた。そして、そのレゲエヘアに対する問題は起きた。

朝うっかり寝過ごしてしまった私たち。あと十数分でチューリッヒ駅に到着するではないか。と、ドアがノックされた。「グーテン・モルゲン!」。レゲエのお兄さんがコーヒーを持ってきたのだ。私は慌てて上段の妹を叩き起こした。「起きて! レゲエ来た!」。しかし、熟睡していた妹は突然起こされ、非常に目覚めが悪かった上に機嫌も悪かった。レゲエのお兄さんは「開けますよ、OK?」と言いながらドアを開ける。「早く起きて!」と私が急かすと、妹は「あー! わかってるってば~!」などと怒りながら、目もまだ開いていないのに体を起こしてベッドを下りようとした。狭い部屋、しかもガタゴトと客車全体が揺れる中、妹は体を安定させるため、右手をベッド枠、左手を壁について梯子に足をかけた……いや、違う!! 目の前でレゲエのお兄さんがドアに挟まれたまま固まった。妹の左手は壁ではなく、ドアを開けかけているお兄さんのレゲエヘアを引っ掴んでいたのである。私は「アーッ! 頭、頭離してっ!」と叫び、お兄さんは「OK、OK! ノープロブレム!」などと言いながら首で妹の体重の半分を支えている。「頭、頭! ア、タ、マ!」と私が叫んでも、寝ぼけている妹は「うるさいなあ~もう!」と言うばかりで全然気がついていない。梯子を下りかけたところで、やっと妹は自分の左手がレゲエの頭を掴んでいたことを知ったのだった。

「あなた様のヘアに多大なるダメージを与えてしまい、大変申し訳ございません」という意味のドイツ語を知っていたら、間違いなく私たちは使っただろう。Sorry、Sorryと言ってペコペコ頭を下げる寝ぼけた姉妹二人に、レゲエのお兄さん……もといオーストリア連邦鉄道の客室乗務員の男性は、そのワカメのような髪を振り乱したまま、「大丈夫ですよ。コーヒーをどうぞ」と彼の仕事を颯爽と遂行したのだった。

ヘアスタイルがなんだというのだ。仕事ぶりが真面目ならば、レゲエだろうがモヒカンだろうが何だっていいのだ。彼は非常に丁寧に接客し、客に手を貸す……いや頭を貸すほどのホスピタリティを持っていた。結果的にだけど。

こうしてチューリッヒへの寝台列車は、素晴らしい客室乗務員と彼のヘアスタイルとともに忘れられない思い出となった。しかし、やっぱりあのレゲエ引っ掴み事件は部屋の狭さに原因があったのだから、「二等寝台客室は狭い!」という一言に尽きる。え、寝坊も原因だって……?

寝台列車の魅力は、乗って旅をしてこそ、その醍醐味を知れるというもの。二等客室はちょっと狭いかもしれないが、それを遥かに上回る楽しさが確かにある。そして、客室乗務員のヘアスタイルはあまり気にしないでいただきたい。

河野友見(こうの ゆみ)/プロフィール
広島市出身。ネタを求めて渡り鳥のようにあちこち飛び回る傾向がある。好物は中世、文学、ビール、アート、ユニオンジャック。2014年7月に著書『イギリス鉄道でめぐるファンタジーの旅』(書肆侃侃房)を発売。

「地球丸」がついに10周年、200号とのことです! おめでとうございます。そんな記念すべき200号に掲載いただけるなんて光栄です。また次の10年、できればこの地球丸と一緒に、私自身もゆっくりでも着実に歩んでいければと思います。