第6回 英語のハンデ

十年以上専業主婦だった女性が、子育てを終えて四十代半ばで新たなキャリアを始め、成功している。ちきりんという社会派ライターさんが、著書である「未来の働き方を考えよう」の中で紹介していた。私が再就職したのは、四十代後半だった。

たまにふっと思う。私みたいにオバサンで、しかも英語にハンデがある技師を訓練する人は大変だろうな、と。

最初に私をモニター技師として訓練してくれたのは、25歳のマイクだった。私の息子くらいの年齢だ。同時期に入り私の親友となったスベータも、マイクが担当した。彼女はロシア人でやはりなまりがある。英語しか話さないアメリカ人のマイクは、自分よりずっと年上の“外国人”技師のトレーニングに混乱しただろう。しかし、彼は私たちには厳しかった。分からないことを質問すると、露骨に顔をしかめて言った。

「はあっ、今何て言ったの? 分かんない。もう一回言って」

マスク着用の手術室内での専門的な会話は、容易ではない。声がこもるからだ。

脊椎手術で、医師が患者にスクリューを挿入することがある。脊髄と神経に近い場所なので、要注意だ。外科医は、椎体を刺激して正しい位置にスクリューが入っているかを確認する。学術書では、この数値は10ミリアンペア以上がいいとある。医師によっては、20以上を求める。

この数値を確認するのは、私達モニター技師の仕事である。数値が12か13だとスクリューを挿入し直す可能性がある。そしてこれは英語では発音が微妙な単語だ。

「腰椎右三番は、サーティーンです」

ある手術で私が小声でささやくと、外科医が振り向いて言った。

「えっ何だって? サーティーン(13)なの、それともサーティー(30)?」

すると隣にいたマイクが大きな声で言った。

「すみませんドクター、サーティーン(13)です!」

それから私に小声で言った。「ヨーコは英語になまりがあるから、無理してサーティーンと言わずに、『ワン、スリー』と数字を桁ごとに言うこと。そして声が小さいから、怒鳴るくらいの気持ちで。

この件から既に二年ほど経過しただろうか。私はマイクの提案を素直に受け、今でも「サーティーン」と言ってから、「ワン、スリー」と言い直している。どんなに経験を積んでも、英語のハンデはなくならない。

伊藤葉子(いとう・ようこ)/プロフィール
ロサンゼルス在住ライター兼翻訳者。米国登録脳神経外科術中モニタリング技師、米国登録臨床検査技師(脳波と誘発電位)。訳書に『免疫バイブル』(WAVE出版)がある。