第14回 FARCAMA(ファルカマ)という名の職人フェアで1年に1度会う友人 

トレドに、FARCAMA(ファルカマ)の季節がまたやってきた。1年に1度、カスティーリャ・ラ・マンチャ州の州都トレドで開かれる伝統工芸の見本市だ。ここ数年の不景気で規模は以前に比べて小さくなっているものの、広い会場に職人たちのブースが並ぶ。お土産屋さんでもお馴染みの皮革、陶芸、石鹸、刀、レース編み、宝飾、金銀細工、木工細工のほか、手作り家具、鋳鉄、馬具、 羊毛、絨毯、 ふいごのような生活用具など、どこへ行けば買えるかわからないものも一堂に会する。素敵な作品が手頃な値段で販売されるので、多くの人が楽しみにしているこのフェアを、私もまた、心待ちにしているひとりだ。

昨年の今頃だった。 バルゲーニョの職人フリオさんに出会ったのも。フリオさんはここ数ヶ月、大きな工場を畳むために多忙を極めている。今年の3月以降、なかなかお互いに時間が合わず、話の続きをまだ聞くことができていない。今回もFARCAMAで久しぶりに顔を合わせたが、彼のブースには来客が多すぎて、ゆっくり話す間もなかった。「また改めて、連載の最後の部分、聞かせてもらいに行きますね」と日にちを決めない再会を約束してそのままである。

FARCAMAには、 出展者として、毎年、ふたりの友達がやってくる。フランス人の版画家フィリップと、スペイン北部の町でブロンズの文鎮を作る職人ホセだ。スペイン語が流暢なフィリップもスペイン人のホセも、私の行きつけのバルのこの時期だけの常連だ。ふたりの作品を持っている、そのバルで働くわたしの友人パティとオーナーのペペが、数年前に、その魅力とともに彼らをわたしに紹介してくれたことで、 彼らとの交流が始まった。

子どもの頃、美術、音楽、フランス文学の先生という祖母や祖母の姉妹たちに囲まれて育ち、気が付いたら版画アーティストになっていたというフィリップが得意とするのは、「詩」で描く絵。今年のモチーフは松尾芭蕉の俳句だった。日本文字も自分で書いた。言葉はわからなくても、訳書にある詩の意味と俳句の音の響きを心で感じるままにデザインしたという版画は、わたしの意識をどこか未知の世界に誘ってくれる。

おしゃべりが好きで人をどんどんリードしていくフィリップに比べ、静かで恥ずかしがり屋のホセは、目でモノを言うタイプの男性だ。彼がブロンズで作る文鎮や本立ては、繊細な表情をもつ人物の姿をしている。 本棚であれテーブルであれ、彼が作品を置く場所は、たちまちミニチュアな公園やストリートになる。思い思いの格好で本を読む青銅色の人々で溢れかえり、生き生きした彼らの吐息まで感じるようで、楽しくなる。

1回のフェアの出店料は、15万円は下らないという。20万円以上かかるフェアもある。それを年平均で数回こなすので、経費を含めた投資と負担は相当なものだ。作品作りが好きでなかったら、続かない。

期間中、キャンプ場に寝泊まりをしているホセと、パティの家を宿にしているフィリップは、パン、生ハム、チーズ、ワイン、食器とアーミーナイフを持ち歩き、それらを広げたところをパーティーの場にしてしまう。彼らを訪れたその日のランチタイムは、ホセのブースの裏がパーティー会場になった。私も呼ばれた。「一杯やろうぜ」と。

「昼時に路地で煮炊きするパリの蚤の市みたいね」

私がそう言うと、フィリップが笑って付け足した。

「客をそっちのけにしてね 」

実際、ブースに人が来ているというのにお構いなしで、生ハムを挟んだバゲットにがぶりついている。ホセは私に、バゲットと生ハムをやたらとちぎっては渡してくれる。

「もっと食えよ」

「もうお腹いっぱい」

「おしとやかに見せておいて、家に帰ったらガーッと喰うんだろ」

照れ屋なくせして、意地悪な冗談を言うところが、父の工場(こうば)で働いていた日本の職人にそっくりだ。ふたりはクリスマス前に、セビーリャの職人フェアに出店するという。

「広場のコラムで宣伝するわ」

そう口を滑らせたら、いたずらな微笑みを浮かべたホセが、すかさず、ナイフで削いだ大きく厚い生ハムをまた手渡してくれた。

「さあ、もっと喰いねえ。そのための宴会なんだから!」と。

クリスマスにセビリアへ行く予定はないため、わたしが彼らに再会するのは、1年後のFARCAMAになるだろう。元気で素敵な作品を作り続けて欲しい。

左/ブロンズ職人のホセ、右/版画家フィリップ

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河合妙香(かわいたえこ)/プロフィール
ライター・フォトグラファー。最近発売された『孤独のグルメ2』(扶桑社)では、第13話にあるパリのアルジェリア料理店のコーディネートを担当。総合旅行サイト「トラベルコちゃん」では、マドリードの海外クチコミのほか、Instagramの風景写真担当 。スローペースだがライフワークとして、今後はトレドのみならず、スペイン中の職人を取材して行きたいと考えている当連載。取材したい人たちのリストがたまってきた。さてFARCAMAでの私の戦利品はこれ(下の写真)。ヨレヨレのスポンジをすっぽり隠してくれる上、色も絵もかわいいこのスパニッシュ・デザインのスポンジ置きのおかげで、キッチンがかなりキュートに変身。www.kawaitaeko.com (フォト・ギャラリー) www.kimiplanet.com (起業)