第36回 世界の売れ残り

キューバのサンタ・クララにあるチェ・ゲバラ霊廟

今年1月末から4月の初めにかけて2ヶ月ちょっとの間、海外疲れを癒しに海外へ行ってきた。もとい不自由な海外出張に疲れたので自由な海外旅行に行ってきた。昨年1年間で海外出張に行くこと、実に43回。その合間に国内出張が2回。円安のおかげで仕事が多かったのはありがたいが、その反面、現地での滞在費の高さに泣かされた2015年だった。

たんまり貯まったマイレージでまずは勝手知ったるメキシコへ。仕事でさんざん行ってるくせにまた行くのか?  と我ながら思うのだが、メキシコは日本の5倍とだだっ広い。今回の目的地はこれまで行ったことがなかったユカタン半島、そしてカンクンを経由してのまだ見ぬ国キューバ。どうしても、88年ぶりに彼の国を訪れるアメリカ大統領よりも先にタッチダウンしたかったのだ。

キューバは誇り高き貧乏人のやせ我慢で成り立っている。ハバナ旧市街は世界遺産というよりも巨大なスラム街だった。老朽化で床や天井が崩落した建物が目立つ。舗装道路は穴だらけで夜は街灯が少ない。観光客に人気のアメ車のクラシックカーは、裏通りでは運転手が下にもぐりこんで頻繁に修理している。地方都市では停電、断水は日常茶飯事。そんなどうすることもできないことをキューバ人は笑いとばし、踊って忘れてしまう。

今も年間3万人がボートピープルとしてフロリダに渡っており、キューバ国民の3分の1がアメリカからの仕送りで生活している。仕送りの有無は一目瞭然だ。仕送りのある人はおしゃれなアメカジを、ない人は悪趣味な柄のTシャツや網タイツを着ている。はるばるキューバまで回ってくる中国製は特に安かろう悪かろうなのだ。メキシコ製は関税が上乗せされて本国よりもずっと高い。メキシコ製よりも安いスペイン製オレンジジュースは、ありえないほど苦くてまずかった。

キューバのスーパーで安く売られている外国製品は、必ずどこかの国の売れ残りである。それどころか、他に買い手がつかずに慢性貿易赤字で首が回らないキューバに二束三文で叩き売った世界の売れ残りである。しかし、それさえもいつ供給されるかわからない国産品よりも高く、月3千円ほどしか収入がない市井の人にとっては高嶺の花だ。

それでもキューバにはやさぐれ感が漂ってはいない。1993年に自営業が認められるようになってから、それまで怠けていた人が働き始め、町が活気を取り戻したのだそうだ。観光客を狙ったひったくりやスリが増えてきたとはいえ、ラテンアメリカでは最も安全なのではないだろうか。エイズとも麻薬とも銃とも無縁。自殺や殺人も少なそうだ。

教育と医療が無料で受けられること、国民の教育レベルが高いことが、この退廃感のなさの理由だろう。学力テストではラテンアメリカの平均点をキューバの最低点が上回ると聞いた。キューバ人は人種的には主にスペイン人とナイジェリア人との混血である。学力テスト万年EU最下位のスペインとアフリカの黒人奴隷の子孫なのだ。キューバは人口10万人当たりの医師の数が世界一多く、発展途上国や災害現場に医師を派遣している。

ゲバラやカストロのような聖人君子はたとえ給金がなくても人民のために馬車馬のように働くだろうが、どうせ給料同じならサボるのが凡人というもの。どれだけ教育レベルが高くても、そこが変わる見込みは人類にはどうもなさそうだ。マルクス主義のゲバラは、貨幣経済に懐疑的だった。中央銀行総裁に任命されたとき、ふてくされてサインをフルネームではなく、あだ名のチェとだけ書いたゲバラよ、あなたはどこまでも正しかった。

ラテンアメリカを後にし、アメリカのニューオリンズに寄った。創業150年超えの老舗カフェには、キューバの配給以上に人が並んでいた。その長蛇の列を見て、なにが資本主義でなにが社会主義なのか、さっぱりわからなくなってしまった。とどのつまり、どちらも貨幣経済であることに変わりはない。だが、今さら原始共産制に退行することはできない。

「読み書きのできない者はだまされる」と明日をも知れぬ文盲のゲリラ戦士に文字を教え続けたチェ・ゲバラ。公務員として働く医者は感謝と尊敬はされるが、外国人を乗せてアメ車を運転している方が断然稼げるのがキューバの現状だ。半世紀ぶりにアメリカと国交正常化したキューバにゲバラはなにを思うだろうか?

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が7年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2016年現在、50カ国を歴訪。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

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