第11回 和華蘭

 

 

桃カステラ

旅の楽しみは食べ歩きという人も多いだろう。長崎には美味しくて個性的な食べ物が多い。温暖な気候と海の幸に恵まれて食材が豊富なうえ、大航海時代の南蛮(スペイン、ポルトガル)を始め、鎖国下でも中国、オランダとの貿易を通じて海外の影響を受け、開国後は欧米、アジアからさらに多様な文化が流入した長崎。素材の良さと多文化の融合から誕生した長崎独特の食について「和華蘭」と呼ぶことがある。ワカランと読み、和は和風、華は中華風、蘭はオランダを含む洋風を指す。語呂合わせでこじつけたようにも聞こえる「和華蘭」だが、長崎らしい食べ物を表現するには便利だ。

カステラのパッケージ(松翁軒)/カステラ(福砂屋)

 

まず、カステラ。ポルトガルから伝わったスペインの焼菓子がルーツで、名前こそスペインのカスティーリャから付いたが、オリジナルレシピを確立して商品化したのは長崎だ。海外貿易で砂糖の入手が可能だった長崎では江戸時代にカステラの専門店が登場。現在も続く老舗のひとつ「福砂屋」の商標は中国で縁起の良いコウモリで、長崎における中国文化を感じる。やはり老舗の「松翁軒(しょうおうけん)」は私のお気に入りだが、カステラのパッケージにカスティーリャのイサベル女王などの立派な肖像画が付いていて世界史を彷彿とさせる。他にもカステラの店はたくさんあり、どこも工夫があって、普通の黄色いカステラはもちろん、味も形も素材も様々なバリエーションを揃える。季節限定のカステラ、例えば雛祭りの桃の節句には「桃カステラ」が出る。中国で桃の節句に桃饅頭を供えるのが長崎に伝わり、桃カステラが誕生したのだ。桃の形をしているだけで桃は入っていないが実に愛らしい。

 

ちゃんぽん、皿うどん

次に、ちゃんぽん。明治に中国の福建省から長崎に渡ってきた陳平順(ちんへいじゅん)は、必死に働いて中国菜館「四海樓(しかいろう)」を創業。華僑や中国人留学生に栄養をつけてもらいたくて考案したのがちゃんぽんの起こりだという。麺に唐灰汁(とうあく)を使い、長崎近海の魚介類と野菜をどっさり乗せるボリュームたっぷりなちゃんぽんは大人気となり、長崎から九州、日本各地に広がった。今では長崎だけで1,000店以上がちゃんぽんを出していると聞く。どれも美味だが、自分の口に合うものが見つかると嬉しい。店により麺の太さが違ったり具が変わったりするのも楽しい。四海樓や新地中華街のお店は有名で観光客も多いが、私は浦上方面にあるお店のちゃんぽんが気に入っている。ちゃんぽんの父、陳平順は皿うどんも生み出した。いずれもルーツは中国だが、華僑の手によって長崎の味になった和華蘭料理なのだ。

 

アジの刺し身/海鮮丼

和華蘭の和の部分は、じげもん(地物)の魚が一番ふさわしい気がする。海にぐるりと囲まれて島も多い長崎で取れる魚は新鮮で、高級店でなくても刺身もお寿司も美味しい。イカは白ではなく透明、アジもサバもヒラマサもピカピカに光って目が澄んでいる。からすみ、ウニ、かんぼこ(長崎のかまぼこ)など魚介の加工品も美味だ。あごだし、といってトビウオからとっただしも人気があり、お土産にいい。長崎の市街地にも十分良い魚があるけれど、郊外の野母(のも)半島に出かけて対岸にうっすら見える軍艦島を眺めながら小さなお店で食べる「野母んアジ」はとても美味しい。透き通る海のそばで今日取れたばかりの魚を生で食べる。素朴だけれど最高の贅沢だ。

 

 

高級卓袱料理の老舗(花月)/カジュアルな卓袱料理(浜勝)

和華蘭の最高峰はおそらく卓袱(しっぽく)料理だろう。和風、中華、西洋の食材をふんだんに使った豪華な料理の数々を円卓に乗せて出す、豪華な郷土料理である。江戸時代、吉原(江戸)、島原(京)と並ぶ日本三大花街と呼ばれた長崎の丸山、ここにある料亭「花月(かげつ)」は創業以来多くの著名人が通い、坂本龍馬も訪れているが、高級な卓袱料理で有名だ。詳しいメニューはウェブでチェックしていただきたいが、必ず尾鰭(おひれ)というタイの吸物から始まり、梅碗(おしるこ)で終わる。結婚式でも出される位の立派な宴会料理なのだ。特別な機会があれば花月のようなところで味わいたいが高価なので、もっとリーズナブルな卓袱料理をカジュアルなお店で楽しむのもいい。気軽に食べられるお値段で刺身、ハトシ(海老のすり身の揚げ物)、東坡煮(とうばに、豚の角煮)、かんぼこ、びわゼリー、ざぼんの砂糖漬けなどが出て、見た目も綺麗である。

長崎の美味しい食べ物は、地元の材料を使い、海外にルーツがあるものからヒントを得ても決してコピーにはならず、異文化や多様性を受け入れながら工夫し、オリジナルの味覚として郷土に定着させ、やがて他地域にも認められるレベルに到達していくことが多い。数百年前からこのような食文化を育んだ長崎のパワーに脱帽する。和華蘭は異色のコラボレーションの結果ともいえる。ああ、他にもミルクセーキとかシースケーキとかトルコライスとか、面白い長崎発祥の和華蘭な食べ物をもっと紹介したいのだが、文字数が尽きてしまった。やはり長崎をぜひ自分の足でさるいて実際に食べてみんね。それが一番お勧めである。

(参考)
長崎市│和・華・蘭 福砂屋(カステラ)松翁軒(カステラ) 四海樓(ちゃんぽん・皿うどん)花月(卓袱料理) 浜勝(卓袱料理)長崎の美味しい食べ物

えふなおこ(Naoko F)/プロフィール
子供時代から多様な文化と人々に触れ、複数の言語教育(日本語、英語、スペイン語、フランス語、韓国語)を受ける。テレビ局、出版社、法律事務所勤務を経てフリーランサー(翻訳、ライター)。