電気も月もない村の夜、村人たちはオイルランプやロウソクを灯して過ごす。明かりに向かって体長1cmくらいの羽アリが集まってくるが、子どもたちはこれを捕まえておやつ(!)にする。羽をつまんで頭を取り、残りをタネ無し葡萄でも食べるようにパクリとやるのである。
噛むと油のようなトロっとした液体が舌に広がるが、まぁ、まずくもなくおいしくもない、特徴のない味だ。子どもたちと一緒に、私がこの“羽アリおやつ”をパクついていると、フランス語が話せる私の助手はよく言ったものだ。
「あー、俺のトーテムが羽アリでよかった!」
トーテムをウィキペディアで調べると、「部族や血縁(血統)に宗教的に結び付けられた動物や植物のこと」とある。私が当時暮らしていた西アフリカのヌヌマ民族の村では、「一族ごとに禁止されている食べ物」という意味で使っていた。
つまり彼の一族は、羽アリを食べてはいけないのである。村で口に入る肉で最もおいしいと、皆が口を揃えるのはアナグマだったが、「アナグマがトーテム」という気の毒な一族もいたので、たしかに、食べられないのが羽アリだけ、という彼の一族は運がいいのだろう。
食事のしたくをお願いしていた少女のトーテムは、2本並んで立つカリテの木になる実(シアバターの原料)、という複雑なものだった。一族には別のトーテムがあったが、彼女は双子として生まれたものの、片方が出産時に亡くなったため、彼女にだけ上記のトーテムが追加されたのだという。
同じような「○○を食べてはいけない」というルールをもつ民族は西アフリカには多い。学生時代の恩師が、ブルキナファソに隣接したコート・ジボワールで調査していたが、卵アレルギーの彼は調査地でいつも、「私のトーテムは卵」と言って難を逃れてきたそうだ。
こうした「食べてはいけない」トーテムがあるのは村人に限らない。でも、電気も水道もある、それなりの都会生活を送れる首都にいるときは、そういった西アフリカならではの慣習はすっかり忘れて過ごしていた。
滞在も終盤にさしかかったある日、お世話になったカウンターパートの研究者の方々を、串焼きレストランへお招きした。失礼にならないようたっぷり注文した山盛りの串焼きがテーブルに置かれ、各自が食べ始めたその時、焼きたての鶏を口にした私が「あちっ」と言ってしまった。
すると場が凍りついたようになり、皆がいっせいに食べるのをやめた。なんと、そこに招いていた一番偉い先生のトーテムが「熱い食べ物」だったのだ。
ふだんから熱いものを口にすることはあったが、誰かが「熱い」といわない限りは、熱くないこととして食べることができるのだそうだ。しかし、今回は私が「熱い」と言ってしまったことで、彼はそれ以上食べられなくなったのだという。
彼の故郷に住む一族は鍛冶師だと聞いたことがある。西アフリカで鍛冶師と織物師は特別な職業で、一族以外の誰かがこの仕事に携わると天罰が下ると信じられているほど。火を扱う一族だけに、からだを熱くする熱い食べ物を口にしてはならないのかもしれない。
ともあれ、上司の彼が口をつけない限り、周囲もバクバクとは食べにくく、食事会はその後、お通夜のようにしめやかに執り行われたのであった……。
≪板坂 真季(いたさか まき)/プロフィール≫
羽アリはイマイチだったがイモ虫はとてもおいしく、揚げたてはマカロニグラタンそっくりの味と食感だった。この話を帰国後に友達にしたところ、彼女はその後、マカロニグラタンを食べられなくなったそうだ。ごめん……友達。