夏樹 (フランス・パリ在住)
今、フランスでは学年が終わり、夏休みに入ったばかりである。この夏14歳を迎える息子がいる我が家でも、成績表を受け取ると同時に、無断欠席していたなどの悪事も発覚し始めた。


小さな事を発端に大事件に発展することもあるので、ちょっとしたことだといって、侮ることはできない。子どもがスカイプで大きな声で友だちと話しているのを耳にはさむと、時々、事の重大さにゾッとすることがある。


「イネスとレアが家出したって話、あれ、本当かよ?」


「大通りをジュルと歩いていたら、クスリのディーラーが『20ユーロでどう?』って聞いていて……」


「一学年上のマルタンって知ってる? 自殺未遂して精神病院に入院してたんだって」


そこで、親は親同士で密接に連絡を取り合うようになった。子どもが幼稚園や小学校の低学年のころは、学校に迎えに行く毎に校門の前で他愛ないおしゃべりをしたり、子どもを預け合ったりしていた人々だ。中学生になると、そんな機会もなくなりすっかり疎遠になっていたのだが、多感な年頃の子どもたちの突然の豹変ぶりに振り回され参り始めたのを機会に、また、親同士の付き合いが復活した。


そんなある日、以前のママ友がひさしぶりに電話してきた。


「ねえ、コルネリウスっていう男の子知ってる?」


「ううん、知らないな。はじめて聞く名前だけど。どうして?」


「同じ中学の子なんだけど、マリファナをもっているところを母親に見つかって、警察に通報されたから家出したんだって。もう2、3日音沙汰ないんですって。どこに行ったか、知らないかなと思って聞いたんだけど」


ああそうか、ドラッグなんて、ひとごとじゃないんだ、そう思って心が寒くなるような思いがした。
数日して、息子が新しい友だちを連れて家に帰ってきた。


「この子、シリルっていうんだ」


そう言って、紹介してくれたが、普通の同年代の男の子たちがときおり匂わせる子どもっぽさが皆無なのが気になった。13から14歳くらいの子は、彼女に付けられたキスマークの数を競ったりしている他方で、片足は砂場やLEGOやナウシカの世界に残してきたような、まだどこかしら頼りない、儚げなところがあるものだ。シリルにはそんなものがまったくなかった。おとなの男の身体つきに、もの馴れた眼差しをしていた。


親の直感か、「この子が例のコルネリウスで、シリルっていう名前だっていうのは嘘かな」と思った。夕食のとき、何気なく聞いてみた。


「今日、遊びにきたコルネリウスのことだけど」


息子はギョっとしたようだった。


「コルネリウスはお母さんたちの間でディーラーだって有名で、どこのうちでも嫌われているんだもん。ママにも追い出されるかもしれないと思ったから、『シリル』っていう名前で紹介したんだ」と、白状した。


これを機会になにか言わなくてはいけないと思ったが、『中学生の育て方マニュアル』を読んでいる暇はない。今、すぐ、ここで釘をさしておかなければならないのだ。


「ドラッグはいけません」と言ったところで、何になろう? なんでもいいから強い刺激や興奮を求めている年頃の子どもたちに、健康上の理由だの、モラルを説いても無駄だ。説得力に欠ける。おまけに友だちとの連帯感は強い年頃だから、コルネリウスのことを悪く言うのはかえって逆効果だ。


「マリファナやってるからって、コルネリウスが悪い子だとは言えない。もしかすると、君のいい友だちなのかもしれない。でも、どうしてドラッグするんだろう? ただ、気持ちよくなりたい、ドキドキしたいんだったらほかのことやってみたら? 君がやってるコントラバスにしたって、一生懸命練習して大勢の前でコンサートしてみるとか、好きな女の子とデートして、どうしたら相手を幸せにしてあげられるか考えてみるとか? お金だして買うことができる、そんなちっぽけで手軽な気持ち良さなんて、大したことないんじゃないかしら」


これが、そのとき、咄嗟に私が口走ったことだったが、はたしてこれで良かったのか……


母の夏休みは、まだ、始まったばかりだ。


≪夏樹(なつき)/プロフィール≫
フリーランス・ライター。在仏約20年。パリの日本人コミュニティー誌「ビズ・ビアンエートル」や日本の女性誌に執筆。