「もうすぐ生まれそうで、いきんでいる時に助産師さんが『どうする?』って聞くから、思わず『お願いしますっ!』って言っちゃったの」。これは、日本人の友人がかれこれ20年も前に経験した初産の時の話だ。彼女が看護師に尋ねられたのは、「胎盤」のこと。胎盤を取っておくかどうかを聞かれたのだ。
“Rotura” by Jeff P used under CC BY 2.0″
マオリにとって重要な「大地」とのつながり
産後、胎盤を取り置くのは、ニュージーランドの先住民マオリの習慣のひとつ。マオリ文化は国全体によく浸透しており、産婦には、出産時に取っておくかおかないかのチョイスが与えられている。通常は事前に助産師から質問されるはずの胎盤のことを、友人はたまたま出産の最中に聞かれてしまったようだ。父親もマオリ系ではなかったので、助産師は聞き損ねていたのかもしれない。
マオリの人たちが胎盤をどうするかといえば、へその緒と共に、地中に埋める。マオリの人々にとり、土地・大地はことのほか大切なものだ。人を含め、地球上の生きとし生けるものはすべて、大地パパツアヌクを母、大空ランギヌイを父として生まれたとするのがマオリの考え方。生き物は海の中でパパツアヌクから生まれ、その胎盤は水上に浮かぶ陸になり、種々の生き物を養ったといわれている。マオリ語で胎盤を「フェヌア」というが、「フェヌア」には「土地・大地」という意味もある。マオリにとって、パパツアヌクなくしては、自分はおろか世界は存在しない。母親のおなかの中で子どもに栄養を与えていた胎盤を大地に埋めることで、子は大地と強い絆を結び、自分が属する場所であり、還る場所であり、故郷である場所を得るというわけなのだ。
埋める場所は、家族や部族によってさまざま。各々にとって重要と考えられているところに埋めることが最優先され、決まりはない。ある親は、代々受け継がれた土地にある大木の下に、またある親は生まれた子の祖母の墓に、といった具合だ。
マオリ系以外にも受け入れられて
胎盤を埋める儀式のやり方が明確に伝承されているわけではないこともあり、すべてのマオリの人々が行っているわけではない。しかし、この習慣は途絶えることなく受け継がれ、最近ではマオリ系以外の人にも、影響を与えている。マオリのように、パパツアヌクの存在を意識してというわけではないが、自然を大切にする風潮に乗って、大地に胎盤を返し、そこに子どもが生まれたことを記念して植樹するという人が出てきているのだ。こうした人々のため、また都市部に移り暮らし、家族にとって意味ある場所が手近にないが、伝統を続けたいというマオリの人々のために、南島の町、ネルソンでは2008年に、胎盤を埋めるための森が造られた。「子どもと、大地、自然とのつながりができるのは素晴らしいこと」と、民族に関わらず喜ばれている。
私の友人夫婦はというと、胎盤を自宅の庭に埋め、桜の木を植えたという。ニュージーランドの大地に根をはり、花を咲かせる日本の桜。本来のマオリの儀式に負けず劣らず、2人にとって、そして家族にとって、大切な思いが込められたセレモニーになったことは間違いない。’
《クローディアー真理/プロフィール》
フリーランスライター。1998年よりニュージーランド在住。雑誌、ウェブサイトを中心に、環境、ビジネス、テクノロジー、文化、子育て・教育といった分野で。執筆活動を行う。こちらにある、「子どもの乳歯が抜けると、Tooth Fairyが来て、金貨と引き換えに持っていく」という言い伝え通りに、Tooth Fairy=私は娘の歯を保管しているのだが、果たして、どうしたものだろうか……。