風光明媚な上、国内最大の都市、オークランドから近く、多くの人が訪れるピハ・ビーチ。実は水難事故が頻発する、悪名高いスポットでもある© duncangalbraith (CC BY-3.0)
ニュージーランドは海に囲まれ、国の背骨部分に走る山脈の多くから河川が湧き出ている。海も川も、人々にとってとても身近な憩いの場所になっている。サーフィンやカヤッキングといったウォータースポーツは1年を通して人気が高い。夏は水遊びをしたり、泳いだりと、老いも若きもビーチや川で過ごすのが定番になっている。
これでいいのか? 水泳教育
ニュージーランドは海や川が多いので、学校での水泳教育は充実しているに違いないと、私は高をくくっていたのだが、そうではなく、驚いた経験がある。娘が小学校にあがりたてのころ、水泳の授業参観に行ったら、どうも泳ぎ方を指導する気配がない。要するに、泳げない子を泳げるよう教えるわけではないし、泳げる子にもっと長い距離を泳げるように訓練することもない。水遊びに毛が生えた程度のことしかやらず、しかも教師はプールの中ではなく、プールサイドにいる始末だ。
さらに驚いたことに、娘のクラスの子ども25人のほとんどがそこそこ泳げるではないか。泳げない子は娘を入れて、数人。どうやら、クラスメートの親たちは皆、水泳教育についてとても熱心らしい。「これはいかん!」と内心思った私。娘に「スイミングスクールに行ってみる?」と尋ねると、友達から少し取り残された気分を味わったのだろうか、以前はあまり乗り気ではなかった娘も、「ウン」と頷いた。
「泳げる」こと=「命を救う」こと
私はそれまで水泳を習うということを、お稽古事のひとつとしてしかとらえていなかった。しかし、ニュージーランドの一般的な考え方は違った。「泳げる」ということは、「命を守る」ということに直結しているのだ。海や川が身近なこの国では、水難事故が後を絶たない。水上安全を促進する国内の団体、ウォーター・セーフティー・ニュージーランド(WSNZ)の統計によれば、2017年、溺死者は104人に上り、毎年のように世界のワースト3に入っている。
親たちは学校での水泳教育が今ひとつであることを知っているのだろう。多くが、早いうちから子どもをスイミングスクールに通わせている。英才教育ではない。「生き残るために」だ。
水泳は水難時に役立つという観点からだけでなく、健康のためにと習わせる親も少なくない
サバイバル・スキルを習得しにスイミングスクールへ
ニュージーランドのスイミングスクールは乳児・幼児クラスは年齢別クラスだが、小学生以上には約5段階に分かれた能力別クラスを用意している。水に慣れることに始まり、クロールや背泳で10メートル以上泳いだり、息継ぎや潜水の技術を身につけたりしてから、平泳ぎやバタフライへ。25メートル泳げるようになったら、全5段階修了となる。
どのクラスにも、泳ぎの技術や距離だけでなく、各々の段階にふさわしいサバイバル・スキルも組み込まれている。事故を想定し、普通の服を着て水に入る感覚を確かめたり、ライフジャケットを着ての泳ぎや浮き方をマスターしたり、身の回りにあるものを浮きとして利用したり。自分の安全を確保しつつ、どうやったら他者を助けられるかも学ぶ。
5段階終了後、もっと泳ぎを極めたいという子どもは、50メートル以上をあらゆる泳法で休むことなく泳ぐ「スクワッド」と呼ばれるクラスに進む。訓練は厳しく、毎日のようにスクールに通う。スクワッドに参加できるまでの能力を身につけた子どもは、ビーチで人々を救助するライフセービングや、スイミングスクールのアシスタントとして、泳げない人を助ける側に回る。
比較的安価で身につけられるスキル
命がかかったスキルを学ぶ場でありながら、スイミングスクールの費用はほかの習い事と比較してもそう高くはない。1レッスンにつき約10NZドル(約770円)で、10週間ある学期ごとに約100NZドル(約7,700円)、4学期ある年間にして約400NZドル(約3万1,000円)だ。スクワッドの参加費用は1学期約200NZドル(約1万5,000円)。スクワッドに進まずとも5段階を修了すれば、泳ぎの能力とサバイバル・スキルを身につけたと見なされる。
私の目にはおざなりにすら見えた、学校での水泳教育も、水難事故を減らそうと、最近では見直しが行われている。大人が溺れることも少なくないので、早くから泳げるようにと、子どもの水泳教育に力が入れられている。学校での水泳の授業に、スイミングスクールがノウハウを提供するケースも多く見られるようになってきた。WSNZの今年分の予算は166万NZドル(約1億2,700万円)。うち約120万NZドル(約9,200万円)を、5~13歳の子どもたちのための教育に充てている。
夏場、毎日のように聞かれる、溺れた人のニュース。学校とスイミングスクールが一丸となって、水泳教育が充実することを願うばかりだ。
《クローディアー真理/プロフィール》
フリーランスライター。1998年よりニュージーランド在住。ウェブサイトを中心に、環境、ビジネス、子育て・教育といった分野で執筆活動を行う。小さい時通っていたスイミングスクールでは、誰もゴーグルを着けていなかったのだが、娘のクラスでは違い、皆着けていた。これも水泳をめぐって「ふぅん」と思ったことのひとつだ。