第9回 殺る気の仮面 Ⅱ

さて、前回に続き、仮面の話を。

私がその町の“仮面の皆さん”と知り合ったのには、ちょっと込み入った経緯がある。


私がブワ族の居住エリアを、調査として初めて訪問した時のこと。雑貨店がまばらに並ぶ町の目抜き通りを歩いていると、太鼓の音が響いてきた。音色につられて塀の中をのぞくと、白人男性が地元の人たちと一緒に太鼓を叩いている。後でわかるのだが、この男性はアフリカ音楽好きのフランス人旅行者で、たまたま知り合った若者に「太鼓を教えてあげる」と誘われ、この家に数日滞在していたのだ。

彼を囲む人たちの中に、同年代の女性エレーヌ(仮名)がいて、人なつっこい笑顔で話しかけてきた。

「旅行者ですか?」

そのまま仲良くなり、「この町に長くいるのならうちに泊まりなよ」と誘ってくれた。確かに彼女の家は地元のお金持ちらしく、大きな家を町の中心部に構えていた。

もちろん、アフリカの片田舎にある“大邸宅”だ。日本人がイメージするような豪邸ではなく、木製の壊れそうなベッドだけを置いた日干し煉瓦製の小屋がいくつも連なる簡素な住まいだ。それでも泥造りの周囲の家々に比べればトタン屋根は雨漏りの心配がなく、庭には1ヵ所だけとはいえ電灯もあった。

この家に滞在していると、他にも様々な外国人が入れ替わり立ち替わりやってくる。どうも、町で見かけた外国人をどんどん招待しているらしい。夜にはエレーヌのお父さんも加わり、他の客たちと一緒に食事やお茶をご馳走になり、いろいろな話をした。


この家の裏手には、泥で固めた高さ2mほどの柱のようなものが建っていた。ところどころに鶏の羽や血のようなものがついており、すぐに呪物だとわかった。しかもこれだけの大きさだ。かなり重要な呪物に違いない。正体について家人に尋ねたかったが、なんともいえない勘が働いて、気付かない振りをしていた。

ある日、その呪物が見える裏庭でエレーヌが、「あれの写真が撮りたい?」と聞いてきた。「とても神聖なもののようだから、失礼な気がするのでいい」と私。

するとその夜、今度は彼女のお父さんがこう尋ねてくるではないか。「10日後、この町に仮面が出るが、写真を撮りたいか?」。少し迷ったが同じように、「撮りたいけれど、神聖な仮面に失礼な気がする」と答えてみた。

すると彼はにっこりと笑って頷きながらこう返してきたのだ。

「実は私が仮面の長だ。お前は礼儀正しいから写真を撮らせてやろう」


その時は、たまたま知り合った人が仮面の長だなんてなんてラッキーなんだろうと喜んでいたが、後からいろいろ考えるうち、これは偶然ではなかったのでは、と思えてきた。これまでのその家での暮らし自体が、テストだったのではないか、と。

彼らはよそ者をできるだけ仮面の長の家へ誘い込み、見張っていた?

私の呪物への態度も、みんなが注視していたのでは??

家の人たちがやたら私の行く先についてきて、いろいろ世話を焼いてくれたのも、すべて私の行動を監視するためだったとか???


とにもかくにも、こうして“テスト”に合格したらしい私は、エレーヌに相談して「仮面の皆さんへ」として、祭りの前に甕(かめ)2杯の酒をプレゼントすることに。当日も、エレーヌが「心配だから」(これも本当に“心配”だけが理由かはなんとも……)と1日中私と一緒に動いてくれた。

祭りのさなか、ある仮面がいきなり、私に向かって棍棒を振り上げて来た。殺気はなく、「イェーイ」的なノリだ。よく見ると指輪に見覚えが。私にもとてもよくしてくれたエレーヌのお兄さんだ。するとエレーヌがこう言った。

「兄や弟は、足の指の形でわかっちゃうんだよね」


え?

これ、どうリアクションするのが正解なの??

仮面に“中の人”なんていないはずだよね???

もしかしてこれも“テスト”の続き????

とりあえず聞こえなかった振りをして、「キャー」と叫びながら仮面から逃げておいた。

板坂 真季(いたさか まき)/プロフィール
エレーヌとはこの後、長く友人関係が続くことになる。当時は私も彼女もともに20代で、コイバナにも花を咲かせたものだった。たとえ彼女の家での滞在が“テスト”だったとしても、それはとても有意義で思い出深いものだったことは間違いない。