第2回 散歩で広がる犬仲間の輪
いつも楽しそうに散歩していたチラ。この笑顔が今でも心に焼き付いている

犬の散歩をしていると、いろいろな人と出会う。たくさんの人が同じように犬を連れて歩いているのに気づく、というべきか。「あっ、あのおじいちゃんは今日も元気にチワワの散歩をしているな」、「あれ、あのハスキーを連れているお兄さんは初めて見るけど、引っ越してきたのかな」といった具合にあくまでも犬中心に様々な思いがめぐっていく。

チラと知り合ったばかりの頃、森の中をリードなしでお散歩したことも

結婚当初、夫が遠慮していたのか、はたまた私が頼りなさそうに見えたのか、犬の散歩といえばいつも夫がリードを握り、私はその隣りを歩くだけだった。初めてチラとふたりで出かけたのは、ポーランドでの生活にもうだいぶ慣れた頃のこと。近所をぐるっと周っただけの本当に短い散歩だったのに、チラと秘密の時間を共有したような、誇らしげな気持ちになったのを覚えている。

海沿いのグダンスクに住んでいたときは、チラを連れてよく浜辺に出かけて行った。でもあちらでは不思議と声をかけられることはほとんどなかった。観光地で外国人が多かったからだろうか。

あの頃、私はちょっとしたホームシックに陥っていた。自分が好きで学んだポーランド語だったし、自分の好きな国だったし、何より自分が一番大切に思った人と暮らしているということだけで幸せだった。それなのに、期限のない外国暮らしにどこか緊張していたことに加えて、周りにいるのは夫や夫の両親の友人や知り合いばかりで、私だけの知り合いがいないという寂しさが重なって、日本で暮らしていた時のようにのびのびできない窮屈さを感じるようになっていたのだ。ひとりでチラの散歩に行くようになったのはそんなときで、自分の世界がちょっぴり広がったような気がした。

ふたりきりの散歩が増えるにつれ、私とチラはこの辺りでちょっとした有名人になった。

ポーランドは日本と違い、小さなアパートでも大型犬を飼っている人がいるような国だが、やはり飼いやすいのは小型犬のようで、特にヨークシャーテリア、チワワ、ミニチュアダックスフントをよく目にする。ちょっと大きめのところでは、シベリアンハスキーや秋田犬、ゴールデンレトリバー。だが、コリーやシェルティはほとんど見かけることはない。そして、今でこそポズナンでも外国人の数がだいぶ増えたが、結婚当初の14~15年前は、特にアジア人など近所で見るのは稀だった。そんな珍しいモノどうしが一緒に散歩していたのだ。それは目立ったに違いない。

そんな「目立つ散歩」の最中、面白い発見があった。

ポーランドでは以前から犬の「落とし物」の不始末が度々問題になっている。注意して下を見ていないとうっかり踏んでしまうほどたくさん落ちているのだからたまらない。一方、夫の家族はチラの先代の犬(ミニチュアピンシャー)の時からきちんと片づけていたそうだ。犬を飼ったことのない私が夫から教わった方法は、B5サイズの広告紙を「落とし物」の上に乗せ、ビニール袋を手にかぶせてそのまま袋の中に入れてしまうというもの。なるほど、ビニール袋だけではつかむ感触があったり、袋が破けたら手が汚れてしまうかもしれない。その点、紙があればその心配はない。こうして私もこの拾い方を習得し、散歩時にはいつも2~3セット持ち歩いて後始末をしていた。それから1~2か月経った頃だっただろうか。私たちと同じような方法で落とし物を片付けている人を見かけた。始めは偶然かと思ったのだが、同じ方法で拾う人の数はどんどん増えていく。これは私の憶測だが、私とチラの姿を見て「外国人がきちんと後始末しているのだから、自分もしないとポーランド人として恥ずかしい」と思う人が増え、さらに「あのやり方はよさそうだ」と思って真似をしてくれ、それが辺りに広まったのではないだろうか。もしそうならポズナンをきれいにするのに一役買ったといえるかもしれない。

私たちが目立っていたことが垣間見えるもうひとつのエピソードがある。

昨年の今頃、15歳になったチラは病気で足を悪くし、次第に歩くのが困難になっていった。後ろ足に力が入らないからか、腰から後ろが曲がってしまい、まっすぐ歩けなくなってしまったのだ。夫はそんなチラのために、古くなった自分の武道の帯を使って即席の「歩行補助バンド」を作ってやった。そのバンドを持って少し下半身を持ち上げてやることで、なんとかまっすぐ歩けるようになったのだ。歩行距離はぐんと減り、家の前の通りを少し歩いて帰るという生活を2か月ほど続けた後、チラは虹の橋を渡って旅立っていった。

チラのいない生活が始まり、親子そろってふさぎこむ毎日の中で、心温まる出来事があった。チラの晩年の様子を見ていた人が思っていたよりずっと多かったようで、たくさんの人に声をかけられたのだ。

「あのワンちゃんはまだ元気にしてる?」

「歩くのが大変そうだったけど、今はどう?」

そう尋ねられるたび、もうチラはいないということを話すのがつらかったけれど、それを聞いて「よく頑張ったね」とねぎらってくれる人、「最後までしっかり面倒を見てもらえて幸せだったね」とほめてくれる人、「もっと若いと思っていたから、そんなに長生きだったなんて」と驚く人、励ましてくれる人たちがたくさんいて、涙が出るほど嬉しく、心がほんわり温かくなった。チラを失った後、多くの名前も知らない人たちのやさしさに触れたのだった。

ラッキーとの初めてのお散歩は雪の上。リードが邪魔そうに歩いていたっけ。

今は生後8か月になるラッキーと散歩する毎日だ。チラと同じ色合いだからか、やはり多くの人の目に留まるようで、チラの時からの「散歩仲間」の皆さん(特におじいちゃん、おばあちゃん)によく話しかけられ、ずっと成長を見守って頂いている。

お互い犬がいなければ出会うことのなかった人たち。顔だけしか知らなくても、犬が一緒でなければ気がつかない存在であったとしても、同じ思い出を共有する「犬仲間」の皆さんとこれからもラッキーを通じて交流していきたい。

スプリスガルト友美/プロフィール
ポーランド在住ライター。いつもの散歩道で時折ジャーマンシェパードの子犬に会う。ラッキーと同じくらいの月齢のようで、モコモコしていて愛くるしい。どちらもすぐに大きく成長する犬種でありながら、小型犬に吠えられるとびっくりして逃げてしまうところがなんとも微笑ましく思える。あと半年もすれば、あのちっちゃいワンちゃんのほうが君たちの姿を見て逃げ出してしまうんだよ、なんて教えてあげたい気持ちになる。
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