第5回 お弁当は、朝ごはん

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このエッセイを日本で読んでくれている友人が「もっとドイツの幼稚園の日常が知りたい」とヒントをくれたので、今回は、日常のうち最も大事な(と私が思っている?)「お弁当」について話してみたい。

日本でお弁当といえば大抵「昼ごはん」と思われるが、ドイツの幼稚園に持っていくお弁当は「朝ごはん」だ。昼食がメインの食事である欧米の食習慣からだろうが、ドイツ人も学校やオフィスで午前10時前後の休憩時間に、サンドイッチやヨーグルトなどかなりまとまったものを食べている。一度気になったことがあり、知り合いに聞いて回ったのだが、朝起きて家で朝食をとっている人がまず少ない。大人ならコーヒー一杯、子どもにはココア一杯、食べたとしても軽くシリアルをかき込むといった具合。たしかにこれでは気合が入らないので栄養補給が必要だ。だから幼稚園の朝ごはんもかなりきちんとした「食事」になっている。伝統的なブレーツェルや、ブロートヒェンという小型パンを半分に切ってハムやチーズをのせた典型的なドイツ風オープンサンドをメインにすえ、ビタミン補給源としてきゅうりやにんじん、パプリカのスティックやスライス、リンゴやみかん、バナナといった果物が入っている。お菓子はお弁当に入れない決まりだが、お母さんの手作りクッキーやバニラ味のヨーグルトはOKというのが、田舎の幼稚園の柔軟なところだ。これだけのものを詰めてくるのだから、お弁当箱も日本と比べると大きい。平均的な幼稚園児のお弁当箱は幅17cm奥行き12cm深さ7cmで、詰めるものによって仕切りが取り外しできるようになっているものがほとんどだ。日本のお弁当のように汁が出るものなどを入れることはないので密閉ではなく、言ってみればただのプラスティックの箱なのである。

娘の通う幼稚園ではお弁当に関して最近変化があった。保育時間が1時間延長されたことにより、何人かの子どもは2時まで幼稚園にいられることになったからだ。当初は昼食宅配サービスなどの利用も検討されたのだが、ここ田舎の幼稚園ではそもそも延長保育を利用する子どもの数が少なく、それも毎日変動するので、やはり各自が家から持参することになった。幼稚園ではこのお弁当を「2回目朝ごはん」と呼んでいる。2回目朝ごはん弁当の中身は2派に分かれる。幼稚園ではあくまでも空腹をしのぐくらいに食べ、2時のお迎え以降に家でしっかり食べるという家庭は、スナック程度のお弁当を用意する。2時以降の昼食は遅すぎるという家庭は前日やその日の朝に料理した肉・野菜・ジャガイモ(ドイツの主食のひとつ)などの「昼食」を鍋やプラスティック容器に詰めて持参、食べる前に電子レンジなどで温めて食べさせてくれるよう頼む。お弁当ひとつをとっても、それぞれの家庭の食に対する考え方や個性が出ていて興味深い。

幼稚園ではこのほかに、週1回「お料理の日」というのがある。この日は10時の朝ごはん用のお弁当は必要なく、幼稚園の先生と園児が全員で献立を考え料理をするのだ。時間や量の関係からあまり凝ったものはできないが、今までの献立のいくつかを紹介すると「魚のフライとマッシュポテト」「ラザニア」「野菜たっぷりスープ」「ミートボール・ホワイトソース煮込み」「ホットケーキとリンゴムース」などなど、大人の私たちもお相伴にあずかりたいバラエティー豊かなメニューだ。野菜の皮をむく、切る、刻む、など、子どもにもナイフを持たせどんどん作業させる。いわゆる「食育」が叫ばれるずっと前から、この幼稚園の伝統として続けてきたものだ。面白いのは、家でそれまで嫌いだった献立でも、幼稚園でみんなと一緒に作り、食べると大抵好きになってしまうということ。野菜や果物の好き嫌いがはげしかった娘ふたりは、おかげでかなりのものを食べられるようになった。まさに「お料理の日」さまさまである。

こうして考えてみると、家の子どもたちはみんな私とはまったく違った「お弁当」文化を持っていることに気づく。彼らの人生だし、それを残念だと思うわけでもない。でも時々私は幼稚園や学校のお弁当におにぎりやタコウインナー、星型にんじんを入れてみたり、昼ごはんを日本製お弁当箱に詰めて出したりしている。母の文化も知ってほしいという単純な希望のあらわれなのだ。

たき ゆき/プロフィール

レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、9歳の長男、7歳の長女、4歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。毎年この時期に流行る感冒性胃腸炎にやられ家族が次々ダウン、それでも母は病気になっていられない……。