第20回 キロンボに静かに響く歴史のリズム


17〜19世紀に、アフリカからブラジルに輸入された黒人は300万人とも1000万人とも言われている。資料が破壊されたため正確な数字は分からないが、当時支配国であったポルトガルを初めヨーロッパ諸国の富を築くため、過酷な労...
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17〜19世紀に、アフリカからブラジルに輸入された黒人は300万人とも1000万人とも言われている。資料が破壊されたため正確な数字は分からないが、当時支配国であったポルトガルを初めヨーロッパ諸国の富を築くため、過酷な労働の中多くが若くして命を落としたという。

キロンボとは、ブラジルにおける脱走黒人奴隷が形成した集落である。運良く逃げ延びることができた黒人たちは、人里離れたジャングルや山岳地帯に共同体を作り、祖国の伝統、文化を守りひっそりと隠れ住んだ。その多くが攻め滅ぼされ全滅してしまうが、それでもアラゴアス州のパウマーリスのように50年以上も自治を守り続けた巨大な集落もあった。そして現在ブラジルには1434箇所のキロンボが残っているといわれている。

さてそんなキロンボの土地だが、もともとは不法占拠という形で始まったものをキロンボ所有と法律的に認めようという運動がすすんでいる。リオデジャネイロ州には現在約17のキロンボが存在するが、1999年に正式にキロンボとして認められた、パラティーにあるカンピーニョ・ダ・インディペンデンシアもその一つだ。

観光都市である港街の中心部から車で約1時間半。国道から離れ舗装されていない道路を進むと、突如集落が現れる。この土地に住む人々は1970年に国道ができるまでは、完全に都市からは隔離された自給自足の生活を送っていたという。現在は国道をバスが走り、子ども達は街の学校に通う。とはいえ下水道設備は遅れ、電気はまだない。

日曜日の昼下がり。走り回る子ども達を横目に、昔話に花を咲かせる老人たちが集まり始める。奴隷として生きてきた祖先のことを子ども達に語り、自由であることのすばらしさを歌う。手作りの打楽器にマッチ箱をかたかたと叩き、メロディーを口ずさむ。彼らの音楽、ジョンゴは、アフリカの伝統的リズムを基盤としたもので、サンバの原型とも言われる。時折アフリカの言語が混じる曲を、老人たちは何かを思い起こすように歌い続ける。キロンボに、静かに静かに時が流れていく。

高橋直子(たかはしなおこ)/プロフィール

ブラジ ル在住11年目のフォトグラファー&ライター。若い情熱に惑わされてブラジルにはまり、まいた種が芽を出してはや8年。わんぱくに成長したわが子に、 読み聞かせ絵本のポルトガル語を直される毎日。ビールを片手に夜の街に出没し、サンバのステップに足を絡ませる日々を過ごす。ブラジルをあそぶブログ