第6回 頭の痛い桃源郷の記憶 - 雲南省・麗江からシャングリラへ その4

シャングリラに着くと、浅黒く涼しい目元をした若い男性が私たちを待っていた。麗江から同行したガイドの鄭さんはシャングリラに詳しくないので、現地のガイドをつけるというのだ。結局私たち家族3人にガイドが2人とドライバーが1人と...
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シャングリラに着くと、浅黒く涼しい目元をした若い男性が私たちを待っていた。麗江から同行したガイドの鄭さんはシャングリラに詳しくないので、現地のガイドをつけるというのだ。結局私たち家族3人にガイドが2人とドライバーが1人という大所帯になってしまった。「ガイドが2人もつく話など聞いてない」と旅行代理店に文句をつけることもできるが、中国ではガイドを雇っても高くつくわけでもなく、現地に明るい人がいたほうが良いだろうと夫が言うので、みんなまとめて面倒をみることにした。

私は車で麗江からシャングリラに移動している時から気分が悪く、頭が押されるような痛みも感じていた。シャングリラは標高3300メートルに街があるので高山病だろうと、ガイドたちが酸素を買ってきてくれた。麗江で高山病のような症状があった息子は慣れてきたのか平気だった。

バター茶と揚げパン

夕食を目の前にすると、胃が膨れたような感覚であまり食べることができなかった。それでも夜には、チベット族の歌と踊りを聴きに行ってみた。大きな家に入ると、赤い柱に壁には赤や黄色などの鮮やかな色で絵が描かれていた。テーブルには、バター茶、チーズ、揚げパン、蕎麦の実、そして少量のお酒が振舞われた。バター茶はクセのある塩味ミルクティのようで、あまりおいしいものではないが、確かに体が温まる。歌は甲高い声が響く民俗音楽だが、客の多くは中国の若者たちで外国人は私たちだけだった。

翌朝はまだ頭と体が重かったが、貧乏性なのでなんとしても外を見ようと気合で出かけた。

シャングリラの美しさを満喫するには、ビタ海とナパ海という湖を回る。ビタ海は自然保護区なので、車の乗り入れは途中までとなり、バスに乗り換える。そのため車を降りて行列に並ばなければならない。中国では行列に並ぶ時、人と人の間に隙間を作らないほど密着して並ぶので、小さな子どもには「胴体の森」にいるようで息苦しいほど。すると思いがけず子連れの家族は一番前に並ぶよう最前列に誘導された。

ビタ海

ビタ海は標高約3500mの高地にあり、高山植物の花が咲いていた。シャングリラの緑は、水分を含んだような明るい緑や深い緑などさまざまな緑色があり本当に美しい。軽いハイキングができるように道も整備されているが、高地なので少し歩くだけで息があがる。途中休憩所で酸素を吸おうとしたら、先のノズルが取れてしまった。困っていると、段々人が集まってきて手伝ってくれた。こんな時中国の人々は、私たちが日本人だからと冷たい態度をとったりすることはない。酸素を吸いながらコースの途中までなんとか歩くことができた。

湿原を馬に乗って散策するナパ海

その後チベット寺院の松賛林寺へ向かうところが、寺から離れた高台で車を降ろされた。ガイドいわく、最近外国人は寺に入ることも近くまで行くことも許されないので、せめて寺がよく眺められる場所に来たと言うのだ。北京の旅行代理店からはそのことは聞いておらず、また、なぜガイドは最初に説明しなかったのか不審に思った。やはり複雑な中国のチベット情勢を感じた。しかしチベット族のガイドは本当に私たちを寺に招きたくなかったか、彼の本心など聞けるわけがない。外国人がチベット自治区へ入るには通行証が要るが、雲南省では不要で出入りは自由。ただしチベット族の県では情勢によって外国人の動きをコントロールしているのだろう。体調がよければもっと食い下がっていたが、そんな気力はなかった。

それでも松茸が買える市場に行きたくて連れて行ってもらった。シャングリラは中国産松茸の生産地として有名なのだ。シャングリラの松茸のほとんどは日本へ輸出され、松茸長者になった人もいるという。松茸が売られているのは、野菜市場の一角にあるのかと思ったら、松茸だけを扱う市場があるのだ。松茸店が通りの両側に並び、店頭で加工用松茸の仕分けをしている。ある店をのぞいてみると、小ぶりのものを出してきた。「一番いいものを見せて」と言うと、店主は奥から箱を出してきて、中には傘が開ききっていない大きな松茸が入っていた。聞くと1キロで300元から400元という(当時で約3900円から5200円)。

市場に松茸を売りに来た女性たち

私が選んでいる間にも民族衣装に竹かごを背負ったチベット族の女たちが松茸を売りに来た。大きなピンクの髪飾りが華やかだ。店主は、ひとつひとつ大切に葉っぱに包まれて毛糸でしばってある松茸を少し見ただけで、「これは10元、これは5元、これは買えない」と、たちまち値を付けていた。あれこれ比較しながら松茸を6本ほど選ぶと、店主は「お姉さん、この中で一番いいのばかり選ぶんだもんな、キロ300元では売れないよ」と泣きつかれてキロ400元で買ってあげることにした。買った松茸は山から降りてきた時のように葉っぱで包んでもらった。

シャングリラで買った松茸

その頃私の体は限界で、すぐホテルに帰って体を横たえた。結局何をしにシャングリラに行ったのか、後で考えると心残りで、また高山病に悩まされてももう一度行ってみたい地となった。

林 秀代(はやし ひでよ)/プロフィール
2005年から2008年まで中国・北京在住。現在神戸在住のフリーライター。北京滞在時より中国の旅や生活のエッセイや記事を書いている。帰国後は帰国生の親たちによる教育相談のボランティアや、華僑からの聞き書きもしている。6月から息子は夏休みに入り、私は原稿が進まない日々。http://keiya.cocolog-nifty.com/beijingbluesky/