第1回 入学式は「袋」持参

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ドイツの新学期は夏休み明けの8月です。公立学校の休暇は、それぞれの州がその年ごとに決定するので、毎年少しずつ変わりますから、入学式もそれに合わせて8月の初めだったり終わりだったりします。6週間にわたる長い休暇の間「規則正しい生活のリズム」だとか「毎日の通園」「毎週の習い事」などという箍(たが)がことごとくはずれた子どもたちは、入学とともに突然、いままでよりずっと大事なルールや義務と格闘しなければならなくなります。

でも、最初の一日だけは、まずお祝い。これから彼らを待っている試練(?)はまず横に置いて、ドイツの入学式はにぎやかに行われます。入学式には子どもも親も正装していく必要はありません。長いこと硬い椅子に座って、偉い先生たちのスピーチを聞く必要もありません。でも絶対忘れてはいけないものがあります。それは、お菓子や小さいおもちゃ、文房具が入ったSchultüte(シュールテューテ)です。Zuckertüteと呼ぶ地方もあります。直訳すると「学校袋」「砂糖袋」ですが、実は円錐形の筒で、すでに19世紀には入学式にこれを持っていく習慣があったとか。大きさは様々ですが、最近の主流は、上部の口の直径が最低20cm、長さが80cmはあり、なりたてほやほやの1年生が抱えるにはかなりの大きさです。入学式にはピカピカのランドセルも背負っていきますから、式の会場に入るとなんだかSchultüteとランドセルの群れがもごもご動いているようにも見えます。

休み明けに入学する子どもを持つ親はもちろん、夏休みのうちにSchultüteを用意しておかなくてはなりません。おもちゃ屋さんや文房具店などあちこちで、人気キャラクターや動物、スポーツなどをモチーフにし、すぐに使えるよう既に出来上がっているSchultüteも多く売られていますが、手作り派もかなり多く、親が愛情こめて作り、子どもをびっくりさせようと式当日まで隠しておく人、子どもと合作する人などもいます。私もこれまでに2回ほどSchultüteを作りました。工作用品を売っているお店で、筒・口の部分に貼り付ける色紙・飾りのためのリボン・そしてメインのモチーフを作るための厚紙・彩りを加えるためのシールなどなど……を購入。さすがに伝統とあって、必要なものは何でもそろっています。上の息子はトラクターの熱狂的ファンなので、今まで一度も描いたこともないトラクターの絵を息子に叱咤激励されながら描きました。長女は大好きな馬のキャラクターを特大サイズで描いてくれと言い、彼女のOKが出るまで何度もやりなおしました。やってみた人でないと想像するのは難しいかもしれませんが、円錐形というのはあまり工作向きのかたちではなく、やっと一人前の(?)Schultüteになるまでには苦労したことを覚えています。

中に美味しいものやおたのしみが入っていることを知っている子どもたちは、朝からわくわく。静かに座っていることなどできません。校長先生も他の先生たちもそれはよく心得ていて、入学式は校長先生の挨拶の後、さっさと高学年の生徒によるミュージカルへと変わっていきます。その終了と共に入学式はあっけなく終わり、新入生は担任の先生と一緒にそれぞれのクラスへ散っていきます。教室で待ちに待ったSchultüteを開け、お菓子を口にしてにっこり、というわけです。

一所懸命つくってあげたSchultüteは、なかなか捨てられないようで、役目を終えてからもかなり長いこと子ども部屋の天井からつるして飾ってありました。埃をかぶってしまったので、片付けようという段になったときも、せっかくママが描いてくれたモチーフだけは切り取ってとっておく、と子どもたちが言い、それぞれの想い出箱に入れてあるようです。

たきゆき /プロフィール
レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、10歳の長男、7歳の長女、5歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。長男は小学校を卒業、次女も幼稚園年長となり、最近とみに時間の流れの速さを実感している。