第8回 サンドイッチと足マッサージに目覚めさせる – 山西省平遥

息子とふたりで北京西駅から夕方出発する寝台列車に乗り、山西省平遥へ向かう。私たちは一等寝台の「軟臥」に乗り、翌朝平遥に着く予定だ。北京西駅の一等席の待合室には、以前は「特権階級用」といわんがばかりの大きな黒い革張りのソフ...
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息子とふたりで北京西駅から夕方出発する寝台列車に乗り、山西省平遥へ向かう。私たちは一等寝台の「軟臥」に乗り、翌朝平遥に着く予定だ。北京西駅の一等席の待合室には、以前は「特権階級用」といわんがばかりの大きな黒い革張りのソファがいくつも置いてあったが、合成皮革の一人がけの青い椅子に変わり、空港のゲートのような雰囲気なっていた。

寝台列車の車内

寝台列車の車内

4人1室の私たちのコンパートメントでは、いかにも地方から来たような中年男性とラップトップを持ち込んだ出張者風の若い女性と一緒になった。女性はひたすらラップトップに向かっている。浅黒く優しそうな顔の男性の方は妻と息子である3,4歳の男の子、さらに彼の両親が別のコンパートメントにいて、ひとりだけ離れてしまったらしい。私たちは時々かわいい男の子の訪問を受け、おやつをあげたり一緒に遊んで過ごした。彼らは一家全員で北京見物に来ていた、「お上りさん」だ。両親も一緒なので奮発して軟臥にしたのだろう。この旅の3年前には見るからにお金持ちや外国人が乗っていた軟臥だったが、明らかに客も駅も変化していた。

私はその日の夕食として、自宅近くのホテルのベーカリーで買ったサンドイッチを列車に持ち込んでいた。同室の男性は車内の給湯器からお湯を取ってきてカップ麺を食べていた。温かいカップ麺は中国の列車の食事の代表格だ。息子が分厚いサンドイッチにかぶりつくと、男性は私たちの食べているものは何か知りたがった。ところが中国語で「サンドイッチ」を表す「サンミンジー(三明治)」と言ってもわかってもらえない。中国語の「サンミンジー」は、英語の「Sandwitch」の音に由来しているので、彼がサンドイッチというモノを知らない限り、何のことかわからないのだ。私はパンにハムなどの肉や野菜を挟んだものと説明したが、男性はパンを食べたことがないので興味津々だった。まだ地方では馴染みの薄いパンだが、何年か経てばこの家族もトーストやサンドイッチを食べているのかもしれない。

朝7時半に平遥に着く。天気予報どおり外は小雨が降り、4月だというのに肌寒く吐く息が白い。向かう宿は古城の中の賑やかな通りに面した徳居源という古民家を利用したゲストハウスだ。外国人に人気のある宿で、特にフランス人客が多かった。

徳居源の入口            平城古城の城壁

小雨の中を古城散策に出かけた。平遥古城は、現存する古城の城壁の中では最も完璧なもので、10mもレンガを積み上げた城壁は14世紀の明代につくられたものだが、2700年以上前の西周にまでさかのぼる歴史がある。城壁はキレイに修復されたものではなく、息子の好きな見張り台や射撃台も崩れずに残っている。平遥は清代に中国で初めて近代銀行ができた「山西商人 – 晋商」の街で、城壁の中は金融業で繁栄した清代末期の街並みを見ることができる。しかし週末ということもあり、どこも団体客でごったかえし、拡声器を持ったガイドの声が耳に響いて、息子も私も半日でくたびれてしまった。

大勢の観光客でにぎわう

昼食を食べに入った小さな食堂でおばさんからオススメを聞くと、焼いた饅頭や刀削麺というので、キクラゲと豚肉の炒め物と共に注文した。刀削麺は息子好みのトマトやたまごが入ったスープ仕立てで、たちまち完食! 焼き饅頭は餃子のようだが、皮はパリパリ噛むとフワフワで、中にはニラがたっぷり入っていた。酸味が少なく旨みのある山西の黒酢をつけて食べる。ニラがあまり得意ではない私でも、食感が楽しめてなかなか美味しかった。

刀削麺            焼き饅頭と炒め物

午後も降り続く雨で寒さがこたえるので、足マッサージに行くことにした。子どもは軽めにマッサージしてくれるという。マッサージ前の温かい足湯がこれほどありがたいと思ったことはない。マッサージが始まると息子は気持ちよさそうなのに、私は痛いところだらけで「イタタタタ」の連続。店主に「明日はどこへ行くのか」と聞かれて、「喬家大院に行く」と答えると、「喬家大院は、狭いうえに人が多いから、広くてゆったり見ることができる王家大院に行ったほうがいい」と薦められた。喬家大院、王家大院は、巨額の富を築いた山西商人の豪邸だ。喬家大院は映画『紅夢』のロケ地として、王家大院は宮殿のようなスケールで、共に観光客に人気がある。平遥の街で人の多さと騒々しさには閉口したので、ゆったり見てみたい気持ちが走り、マッサージを受けながら北京の旅行代理店の担当者に直接電話をして、翌日のドライバーに行先変更できるか聞いてみた。すると土曜日で担当者は休みなのにドライバーへすぐ連絡を取ってくれて変更完了! この臨機応変さとスピードは中国の好きなところだ。

マッサージ店

マッサージ店を出て賑やかな通りから一本中に入るとすぐに住宅地となる。表通りの建物のように装飾のある扉や窓などはなく、山型の片側だけしかない瓦屋根や大きくアーチを描いた門など、グレーのレンガを積み上げた古い建物ばかりだが、初めて見るつくりで興味深い。門の内側には大きな「福」の字を書いた壁のある家が多く、その一軒、赤い「福」のある家の前にいたおじいさんに声をかけてみた。ところがおじいさんの話していることがさっぱりわからないのだ!いろいろ語ってはくれるのだが、全然話しがわからず自己嫌悪に陥った私だった。

「福」の字の壁の家         古城の裏道

その日の夕食後には、別の店だがまたマッサージ店に足が向いた。部屋のバスルームにはシャワーもあるが、トイレと隣りあわせでシャワーカーテンもなく、シャワーを浴びるとトイレの床までぬれてしまうのだ。私はせめて足だけ温まりたいという気持ちだったが、息子はマッサージをもう一度受けたかったようだ。おとなしく椅子に座り、時々マッサージ師と世間話をしている。『紅夢』でコン・リーが演じた足マッサージの虜になる第4の妾のように、息子はこの地で足マッサージの気持ちよさを知ってしまった。

次回は平遥の続き、唐代の軍事洞窟と王家大院。

林 秀代(はやし ひでよ)/プロフィール
2005年から2008年まで中国・北京在住。現在神戸在住のフリーライター。北京滞在時より中国の旅や子どもとの生活のエッセイを書いている。息子がこの秋から履修している国際バカロレア(IB)教育に興味のあるこの頃。http://keiya.cocolog-nifty.com/beijingbluesky/