第6回 室内作業-Fikaと材料製作

7月、「職住接近」生活がスタートした。
必要な建材や日用品の買出し以外は街に出ることもない。つかの間の夏。天気がよい日は、「ボートで釣りに出かけたい」という誘惑と葛藤しながら、ひたすら屋内作業に没頭する。
仕事に飽きて集...
LINEで送る

7月、「職住接近」生活がスタートした。
必要な建材や日用品の買出し以外は街に出ることもない。つかの間の夏。天気がよい日は、「ボートで釣りに出かけたい」という誘惑と葛藤しながら、ひたすら屋内作業に没頭する。

仕事に飽きて集中力が散漫になると、なにかと事故がおきやすい。仕事をテンポよくすすめるためにも気分転換は大切だ。大工の平均的スケジュールは、朝食、8時仕事開始、10時過ぎに1回目の‘Fika(フィーカ)’、12時昼食、。14時2回目のフィーカ、そして17時ころ仕事終了。というように、休みをはさんで作業する。

こちらはクリスマスシーズン用のサフランを使った特製ブッレ甘いパン。フィーカのお供は菓子パンやクッキー、そしてオープンサンドなど。

「フィーカ」とはこちらで「お茶する」の意味で、コーヒーや紅茶、ジュースなど好きな飲み物といっしょに、うちの場合は義母の焼く自家製カニェルブッレ(シナモンロール)をいただくことが多い。会社など職場にはフィーカ用のスペースもあって個人が好きなときに個別に休憩するのではなく、みんなでほぼ同じ時間帯、三々五々集まってひと休みする。つまり、フィーカは仕事の合間の気分転換が第一目的ではあるものの、仲間とコミュニケーションをとりながら仕事の問題点や段取りを考えたり、新しいアイデアに気がつく瞬間でもあるというわけ。

さて、リノベーション中の新居。いよいよ屋内作業にとりかかる。傷のつきやすい床材貼りは最終的な作業と決め、最初に1階の水まわり、手間のかかるキッチンの製作にとりかかった。

「毎日使う場所だから、ちょっとでも合わないと肩がこったりすることもあるよ。高さを決めるのは慎重にね」と、インテリアデザイナー、マスコットのアドバイスを胸に、IKEAキッチンの丈(70cm)とそのトップに設置するボードの高さ(3cm)を確認し、その下、袴の高さ(17.5cm)を決定。

IKEAキッチンのベースを設置し調理台用の天板サイズを測る。MDFを寸文の狂いもなくっカット。工房親方のマスコットとMDFの微調整。

IKEAの家具は手ごろな価格でバリエーション豊富、そして組み立てやすいのが利点だが、すべてをIKEAで整えてしまうのでは芸がない。「ひと工夫して私たちらしさを演出でしたい」と考えていたところ、またしてもマスコットがヒントをくれた。「調理台を自分たちで作れば? MDF(中密度繊維板)にステンレスの板をプレスして。うちの機械を使えばいいよ」と。マスコットは夫が以前働いていたインテリアデザイン専門会社のオーナーだ。ストックホルムなどの顧客のためにキッチンやインテリアをデザインし、必要な棚や飾り用パーツなどを自社工房で手作りしながら仕上げている。その道のプロが使う道具を拝借できるなんて幸運はそうあるものではない。それもこれも、機械を操作することができる夫の大工としての腕前があったからこそ。大工素人の私としてはただただ感謝感謝である。ちなみに我が家のキッチン製作をマスコットに見積もってもらったところ、「IKEAプラス自分たち仕上げ」実費の軽く7倍はあったことも添えておこう。

「できることは人に頼まないで自分たちで」をモットーとする夫。ステンレスボードも知りあいから購入し、微妙なラインの切り出しにも挑戦した。金属を切るときに発する熱のためか、切り口には焼けた痕跡とささくれが見える。もちろんキッチンのスペシャリストが見逃すはずもなく、「これはどうしたの?」とマスコットの表情が曇った。「目につくところだからプロに頼んできれいにカットしたほうがいいよ。絶対おすすめ」と夫の説得にかかる。そこで、ステンレスボードのシンクと電磁調理器部分をカットしてからMDFにはりつけるように計画変更。8月、マスコットの夏休みが終わったころ再度訪問することにした。

工房での作業の合間、マスコットが夫に手順や機械の使い方を説明しているときの会話が印象的だった。「なるほど。簡単に言えば、ただ、MDFとステンレスボードにのりをつけてプレス機にかければいいってことですね」という夫に、「ただそうすれば、なんてことはどこにもないんだよ」と応えるマスコット。ほんとうに「ひとつの目的のためにはいくつもの手順と問題解決の工夫が必要なのだ」と、夫も私も彼の言葉を日々実感することになる。

さて、マスコットの工房で予定していたもうひとつの作業に移ろう。1890年代に建てられた家にふさわしい室内装飾にこだわる夫は窓の周囲につける窓枠の装飾に加え、窓と床の間部分にもデコレーションをほどこすという。鏡の枠のような演出をすることで部屋全体の統一感も出せるのだとか。飾り用の材料をイメージどおりに手作りする。ちょっとした油断も大事故につながるので、指を落とさないように機械にガードをつける夫に、「手袋は?」と聞くと、「微妙な感触が失われるので手袋はかえって危険なの」との返事。

窓の下にある飾りがアンティーク調のインテリアを演出。バランスよく壁に配しペンキで仕上げる。

マスコットの工房での作業を終えた夫。久々の手仕事工程に当時の仕事ぶりを思い出したのか、新しいおもちゃを手に入れた子どものように、「ものを作るときにはそれにふさわしい道具があると仕事がはかどるね」とご満悦だった。

田中ティナ/プロフィール
エステルスンド在住。ライター、写真撮影、翻訳業。冬はフリースタイルスキー(モーグルなど)のジャッジとして活動。2010年より義母より譲り受けた古民家を本格的に改築開始。2011年秋、念願の引越し完了。その後も作業継続中。涙あり笑いありの現場では親方である夫を大応援中。