第3回 はじめての免許

 2年生の娘が、学校からぴょんぴょん跳ねながら帰ってきました。「ママ! 生まれて初めて免許をとったよ!」と見せてくれたのは『万年筆免許証』です。1年生でアルファベットのブロック体(楷書体)を修了した子どもたちは、2年生の...
LINEで送る

万年筆免許証

2年生の娘が、学校からぴょんぴょん跳ねながら帰ってきました。「ママ! 生まれて初めて免許をとったよ!」と見せてくれたのは『万年筆免許証』です。1年生でアルファベットのブロック体(楷書体)を修了した子どもたちは、2年生の初めから、集中的に筆記体を習ってきました。筆記体練習帳の全ページをぎっしりうめながら根気強く練習し、総仕上げに今日初めて万年筆で書き取りをして、きちんと書けた子どもが『万年筆免許証』を手にしたというわけです。

最近はボールペンの使用も多くなりましたが、ドイツでは依然、正式文書の記入やサインなどは万年筆で行うことが多いのです。何かの契約をするとき、女性ならハンドバッグから、男性なら内ポケットから、ごく自然に使い慣れた万年筆を取り出しサインする様は、やはりどこか教養や文化の香りを感じさせます。2国間の条約調印式などには、その席に特別箱入りの高価な万年筆が用意され、あまりに素敵な万年筆を手にしたどこかの国の大統領や外相が、公衆の面前にもかかわらず、自分のポケットにしのばせて持ち去った……というのがニュースになったりもします。

左から普通の万年筆、初心者用(太め)万年筆、ティンテン・キラーと呼ばれるインク消し

さて『万年筆免許証』の免許皆伝の暁には、小学2年生は鉛筆と別れを告げ、学校の勉強でももっぱら万年筆を使うようになります。え? なんでも万年筆で? と驚かれるかもしれませんが、誇張ではないのです。図形を描くなどの特別な場合をのぞいては、学校のノートをとるのも、テストの解答を書くのもすべて万年筆になります。それじゃ、書き間違いをした時は? と思いますよね。そこはさすがに万年筆文化の国。ペンタイプのインク消しがどこの文房具店でも簡単に手に入ります。このインク消し、片方の先は白色のインク消し、もう片方は消した部分に再度文字を書くためのペン(文字を消した部分には万年筆で書くことはできないため)になっています。消すという選択肢はあるものの、厳しい先生の中には「書き間違いをしないことも、文字を美しく書く練習」とインク消しを使わせず、間違ったところは、訂正線を引いて修正させ、修正箇所の数に応じて減点をするという人もいます。そういえば、成績表にも、文字を美しく書くことに対する評価が、ドイツ語や算数などの教科と並んで記載されているほどです。

でも、考えてみれば、家族同士連絡をとる時でさえ、モバイルにメールを送るという昨今、「書くこと」の大事さを次の世代に伝えていくのは時代の逆行かもしれません。実際、ドイツ国内でもハンブルグのように、筆記体を教える義務を廃止したところもあります。そんな風潮の中、歴史の中で育まれてきた「文字を書く」という行為を「文化」ととらえ、学校教育に組み込んでいるドイツ各州の方針を私は高く評価したいのです。

ノートも万年筆でとるようになった

免許をもらった当日から、初心者用の万年筆が使えることが嬉しくて、あれこれ書いている娘に、初聖体(カトリック教会の儀式)の招待状を自分で手書きしてみては、とアドバイスしたら、何時間もかけて真剣に書き上げました。母が書家だった影響もあり、昔から、他人の書いたものを読むとき、その「書体」から人柄や、それを記した時の心境などを想像するのが好きな私。情報だけでなく、ぬくもりや雰囲気まで伝えられる「書く」という行為の楽しさを、その小さな手で身につけ始めた娘の成長を喜ばずにはいられないのでした。

たきゆき /プロフィール
レポート・翻訳・日本語教育を行う。1999年よりドイツ在住。ドイツの社会面から教育・食文化までレポート。ドイツ人の夫、10歳の長男、8歳の長女、5歳の次女とともにドイツ北部キール近郊の村に住む。寒さもやわらぎ、風邪の季節もやっと終わったと思ったとたん、アレルギー性鼻炎の症状が……。日本と違って杉が少なくて安心な反面、白樺やハンノキに反応すると診断され薬が手放せない毎日。