第2回 ワレナベにトジブタ

まさかの田舎暮らし、さらに海外移住!という展開は確かに想定外だった。
夫婦共通の知人には、わたしは「破天荒な亭主に付き合わされる健気な妻」と映るようだ。転勤命令が出ても、妻の同意を得られず単身赴任を余儀なくされるケースも...
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まさかの田舎暮らし、さらに海外移住!という展開は確かに想定外だった。

夫婦共通の知人には、わたしは「破天荒な亭主に付き合わされる健気な妻」と映るようだ。転勤命令が出ても、妻の同意を得られず単身赴任を余儀なくされるケースもあるのだから、その“思い込み”も頷けるが、実態は、わたしが我慢して夫に従っているわけではない。言いだしっぺこそ夫だが、「あっそう、別にいいんじゃない? 」程度のことだ。

夫が「田舎で暮らしたい」と言い出したとき、通勤時間5分の便利を捨てることへの未練はたしかにあった。一方で、静かな住宅街の戸建てで育った身としては、市内マンション暮しの窮屈さも感じていたので、それから解放されるなら、まぁいいかと思った。子育ては自然溢れるところが理想という部分にはおおいに共感した。となると、さしあたって田舎への移住を反対する理由はみつからなかった。

じゃあ、実現するにはどうする?という話になった。

「理想の地をみつけに行こう! 」と毎週末、近郊の田舎にドライブ。そうこうしているうちに、土地を見つけた。次は家だ! という運びでハウジングセンター巡りを開始。「頭金60万円でいいよ」という名の知れた住宅販売店と巡り合い、住宅金融公庫から、借りられるだけ借金をして家は建った。もっとも、資金不足で、家以外の外まわりは、後に日曜大工で仕上げるはめになった。

金銭的ゆとりはないのに、新築後の嵩む出費のどさくさにまぎれて、電子オルガン購入だけは、妻側の田舎暮し条件として強固に要求。市内の手狭なアパート暮しでは、楽器を所持することさえあきらめざるを得なかったが、田舎暮らしを受け入れたことで、「爆音で演奏を楽しむ」というささやかな夢がかなった。

山の中にポツンの家

玄関に続く階段は未完成、山の中にポツンという家に招かれた友人、親類の「こいつら大丈夫かい?」という視線などどこ吹く風。隣近所に気をつかうことなく、音楽を思う存分楽しめる環境と、のびのび子育てのできる空間確保に成功。こうして、もれなく不便がついてこようとも、意外とわくわくで、生後間もない長女を抱えての、のどかな田舎暮らしをスタートさせた。

当時、大きな決断をしたといった意識はなかった。ただ目の前の希望を一つずつ前進させただけのことだ。振り返れば、夫は何かをするとき、できるかできないかをよく吟味して決断するというタイプではない気がする。進みたい方向が見えると、模索しながら歩き始めているので、気付いたらそっちにいる……みたいなことになる。新婚当時は、お互い、自己がプライオリティだったけれど、子どもが生まれてからは、「どう家族を作っていくか」が夫婦共通のポイント、と変化した。

市内で英会話スクールを経営していた夫は、引越しを機に思い切って週休3日に踏みきった。田舎暮しは通勤に時間がかかる。ある日、「せっかく田舎で暮らせるようになっても、家族で過ごす時間が減っては意味ないよね」と言い出した。

住宅ローンを抱え厳しい財政状況だったので、「収入減るじゃん?!  もっと働いてね!  」と返すこともできなくはなかったけど、「家族で過ごす時間が減る」というフレーズが入ることで、「それもそうだな」と思ってしまった。「頑張ってやりくりすれば何とかなる」と同意したわたしは、今思えば、相当メデタイ人だったかもしれない。

よく、似た者同士の夫婦のことを、「破れ鍋に綴じ蓋」という。破損している鍋でさえも、それ相当の蓋があるという意味だ。ちなみに、“閉じ蓋”ではなく“綴じ蓋”が正しいらしく、縫い合わせ修繕した蓋をいうそうだ。破損度が高い鍋には、修繕だらけの蓋がいるってことか?

人生において、幾度となく訪れる岐路、決断すべきことは多い。そんなとき、夫婦が折り合えないなんてことはよくある話だ。一昔前なら「夫唱婦随」が美徳であり正しいとされた。今どき、そんな発想は、夫婦間のモラハラだと言われかねないし、中には「従う」という言葉にアレルギー反応を示す女性もいる。でも、家庭というユニットを運営しながら、目標に向かって前進するためには、“お互いを尊重するために”、「夫唱婦随」の文字列を臨機応変に入れ替え、どっちのアイデアでも、歩みよれるほうが従えば良い。

なんて、今だからこそ思えるわけだけど、いびつな鍋を前に、蓋を投げつけるどころか、鍋を投げたくなることもあったなぁ……。しょせん別個の人格なのだから、違いを認めることは大切だ。譲れないことはあっても、「どうしてわかってくれない」と嘆いたり、攻めたりするぐらいなら、“破れ鍋度”に応じて、スムーズにことを運ぶための、“綴じ蓋力”を高めるほうが手っ取り早いという考え方はどうだろう。

椰子ノ木やほい/プロフィール
アメリカ・ミシガン州在住。「海外在住メディア広場」運営・管理人。こんなこと書くと、あなたこそ破損しまくった破れ鍋じゃないの?とツッコミが入りそうだけど、わたしは蓋のほうです。修繕し過ぎて老朽化が進んだので、ここ、ミシガンの暮らしでは、シリコン製の蓋を採用しております。