第6回 トコロ変わればモノサシもいろいろ

未知の環境で暮らすことのいちばんの収穫は、「世の中にはさまざまなルール、価値観、常識、尺度があるもんだ!」ということを実感できることかもしれない。良くも悪しくもではあるけれど、それぞれの地で暮らすたびに、新しい自分ができ...
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未知の環境で暮らすことのいちばんの収穫は、「世の中にはさまざまなルール、価値観、常識、尺度があるもんだ!」ということを実感できることかもしれない。良くも悪しくもではあるけれど、それぞれの地で暮らすたびに、新しい自分ができあがっていくような気がしている。

たとえば、タンポポ。

子どものころは、道端に咲くタンポポの茎で草笛を作り遊んだものだ。日本の田舎暮らしのころも、散歩道にかわいい黄色を添えてくれる脇役として好意的に見ていた。ところが、ここアメリカに暮らすようになってからというもの、わたしにとっては、季節を楽しむ草花どころか、抹殺すべき敵と化した。

広々とした庭に美しい芝がはられているのが、このあたりのよくある家の姿だが、そこにタンポポが生えているのは、よろしくないことなのだ。個人的に好きだから咲かしておきたい、と思っても市内では「あそこの家、タンポポ放置しているわ」といった見えないプレッシャーを感じる。実際、繁殖力の強いタンポポを見過ごしておくと、種がとびご近所の芝にも影響を及ぼすことになるからだ。

結果、このごろはタンポポを見つけるとすぐに抜いてしまう癖がついてしまっただけでなく、ハウスオーナーとして、除草剤入の芝用肥料をまかざるを得ない。タンポポと格闘するたび、世の中にはいろんな価値観があるなぁと感心しつつ、異質のモノサシを受け入れていく自分に苦笑する。

田舎暮らしの12年間、自然溢れる環境や村の人々の温かさはほんとうに心地よかった。一方で、市内から田舎への移民の“感覚”としては「ありえん!」とため息つくことも数知れずだった。自身が未熟だったゆえ、自分の理想や価値観とちがうことに遭遇するたび悶々としストレスをためることもあった。

太鼓の練習中。祭りは大切な行事のひとつ。

とくに、引っ越したばかりのころは、近所でお葬式があれば、ルールにのっとりお手伝い、草刈りを休むと罰金、平日に行われる村祭りには仕事を休んででも参加しなければならないなど、時代錯誤ともいえる現実に面食らった。「みんな一緒」を尊び、きちんとルールを作ったうえで、それを尊守することが大前提のムラ社会の一端だった。

今だからこそで告白すると……

子どもたちが通っていた小学校では、スモックの下に化繊の体操服というのが“制服”だった。個性はどうよ?素材がポリエステル?そもそも、一日じゅう体操服って?など発育盛んな子どもたちに、親として与えたい最良の服装かという視点でみつめるたび葛藤を覚えた。

あるとき、アレルギー体質の子どもを持つ親からの要望が発端で、夏の間ぐらいは、綿素材の薄手の白地Tシャツを許可しようという動きが起こった。当時PTA役員だったわたしは、Tシャツの柄は縦横何センチまで認められるか、などを話し合う会合に身をおくこととなった。改革の兆しにはおおいに希望を感じたものの、基本的に「親が判断すればすむことなのに」と考えていたので、この議題で論じること自体が時間の無駄と感じられた。

山のてっぺんにある小学校までは子どもの足で1時間かかる。夏場には喉がかわくので、通学途中の水分補給のため、児童に水を入れた水筒を持たせてもいいか? はたまた、その水筒に氷を入れることを認めるか?なんてことを議論したこともあった。保護者と先生が貴重な時間を捧げて集い、話し合う内容がこれ?と思うと、まるでコメディの一シーンのように映り、まちがった土俵に紛れ込んでしまったような孤立感に苛まれた。子どもたちだけで歩かせることすらご法度というアメリカに暮らす現在、過去のこんな経験を思い出しては、論点と尺度のちがいを思い知る。

結局、どこで暮らそうとも、さまざまな価値観とモノサシがあるかぎり、自分の考えや理想とちがうことからは逃れられない。他人から見れば些細なことでも、当人にとっては重要なことであったり、イライラの素になったりすることもある。貴重な人生を心地よく暮らしていたいと考えるなら、まずは、自分にとってのプライオリティ(優先順位)を知ること。そのうえで、実態が許容できるかどうかを見極めることが大切だと最近は考えるようになった。

郷に入っては郷に従う、ことは大切だし流れに沿って流れていくのは楽でもある。心地よい流れならば、流れに従えばいいが、自身にとっての理想のゴールに向かえない流れならば、ときには軌道修正を考えてもいいと思う。どこで暮らそうと己の人生に変わりはないのだから。そのためにも、流れを読む力、流されない力、流れを探す力、流れを作る力を持つことができれば、いろんな価値観を尊重しつつハッピーでいられるのではないかと思うこのごろである。

椰子ノ木やほい/プロフィール
ライフステージにより、大切にすべきことはちがう。これまでは子育てに照準をあわせて住む場所を選んできたけれど、やっと夫婦にとってのプライオリティーを優先してもよい時期に入ってきた。タンポポを気にすることにも少し疲れてきたので、そろそろ、ゆったりとしたプライバシーが確保できる田舎に移動してもいいかな~なんて考え中。