第5回 水が……!(サンシャイン・コースト後編)

まるでゴルフ場のように広い芝生にフルーツの樹が点在する素敵な家に、人生初のハウスシッターとして暮らし始めて二日目の朝。起きて洗面所に行くと、水が出ない。おかしいと思いながらキッチンに移動して蛇口をひねってみたが、水はほん...
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まるでゴルフ場のように広い芝生にフルーツの樹が点在する素敵な家に、人生初のハウスシッターとして暮らし始めて二日目の朝。起きて洗面所に行くと、水が出ない。おかしいと思いながらキッチンに移動して蛇口をひねってみたが、水はほんのちょろっと出た後、こちらも止まってしまった。

「どうしよう!きっと私のシャワーが長過ぎたんだ……!!」私が最初に思ったのは、自分たちが水を使いすぎてしまったのだ、ということ。この家の水は、100%雨水でまかなわれている。敷地内には二つの大きな雨水タンクがあるのだが、天候と使用量に注意しながら水を使わないと、タンクが空っぽになることもある。ちなみにオーストラリアでは、田舎はもちろん、都会でも雨水を溜めて利用する家が多い。しかも「フッ素や他の化学薬品が入っていない安全で美味しい水」として、飲料利用もしている。雨水をペットボトルで飲料水として売り出している地域まである。水道代がかからない上に美味しくて健康にいいのだから、私の知る限りでは雨水タンクのある生活の方が、水道水だけの生活よりもずっと人気がある。少なくとも私の周りのオーガニック・ライフを好む自然志向の人たちの間では、そういうことになっている。

円柱形の雨水タンク。右後ろにある家との間で、水漏れが

慌ててパートナーを呼びに行き事情を説明すると、雨水暮らしに慣れている彼はまず、庭のタンクをチェックしに行った。だが、4000リットルもの水を溜める背の高い大きなタンクなので、梯子を使って登り、てっぺんにある覗き穴から見ない限り、水量を目で確認することができない。そこで彼はまず、タンクの横に立ち、手の届く限りの上から下へと少しずつタンクを叩いていった。水のない部分は空気があるので大きな音がする。中身の詰まったような鈍い音に変われば、そこから下は水が入っている、というわけだ。こんな生活の知恵もあるんだなー、と変なところに感心する。そして結果、タンクは上から下まで空っぽの音だった。

やっぱり雨水を使い果たしてしまったんだ、と罪悪感でいっぱいの私とは反対に、彼は冷静に「二日間、普通に短いシャワーを浴びただけでタンクが空になるはずがない」という。だとしたら、最初から水がほとんど入っていなかったということか。念のため、雨水タンクと家の間を点検してみると、大量の水が土の上に溢れている箇所を発見した。彼は迷わず、そこを大きなスコップで掘り出した。すると予感は的中し、50センチほどの地中にある水道管の、繋ぎ目の部品から水が漏れている。雨水は、家に到達する前にここで全て漏れてしまっていたのだ。家主のご主人は幸いオーストラリア内の別の場所で長期の出張中なので、早速、携帯に電話をして事情を説明する。そして、その水道管の繋ぎ目には元々不具合があり、このご主人が自己流でさっと直して出かけたところだった、ということが判明した。素人仕事が災いして、水が全てそこから漏れてしまっていたのだ。しかし、不幸中の幸いで、この家のお隣さんは水道管工事のプロだというので、すぐに来て直してもらった。

二つ目のタンク。こちらの水まで空っぽに

後は、当面の生活用水を確保するために、空っぽの雨水タンクに水道水を入れなければならない。水を配送してくれる業者に連絡をし、次の日、タンクがそこそこいっぱいになる量の水を入れてもらった。シッターには責任のない家の不具合なので、代金のAU$150 (およそ13,500円)は本来なら家主が全部支払うところなのだが、その水を使うのは私たちなので何となく気が引けて、代金を折半することを申し出た。ひとまずこれで、一件落着。火がなくてもしばらく生きていけるが、水だけはないとどうにもならない。これまでの人生で体験した阪神大震災後の生活や、アフリカやアジアの砂漠への旅などを思い出しながら、「安全な水が豊富にある」ということのありがたさと幸せを改めてかみしめる。

皮肉なことに、この出来事の少し後から大雨が続き、もう少しで家が浸水する、というほど庭が水浸しになってしまった。水道管を直した直後にこの大量の雨が降ってくれていたら、水道水を補給せずに済んだ上、美味しい雨水が飲めたのになーと思いつつ、自然の恵みに感謝する。自然に近い暮らしをすると、季節や天候にとても敏感になる。地球が生きているということを自分の肌で直接感じられることも、田舎暮らしの利点の一つだと、つくづく感じている。

香川千穂(かがわちほ)/プロフィール
朝日放送アナウンサー退職後、二年間のハワイ島生活を経て2006年よりオーストラリア在住。執筆のほかにサウンド&アートセラピストとしても活動し、珍しいクォーツ・クリスタルの楽器「アルモニカ」によるサウンド瞑想コンサートを各地で行っている。最近は、趣味と実益を兼ねたダ・ヴィンチNEWS のレビューの仕事をエンジョイ中。