第31回 密輸の片棒

 
「タダで香港に行けてお小遣いまでもらえる」といううまい話が友人のところに転がりこんできた。それは毎週コンスタントにあり、自分の都合に合わせて行けるのだという。しかも、1人だけではなく何人ものグループで飛ぶらしく、“お...
LINEで送る

香港の油麻地にある天后古廟

「タダで香港に行けてお小遣いまでもらえる」といううまい話が友人のところに転がりこんできた。それは毎週コンスタントにあり、自分の都合に合わせて行けるのだという。しかも、1人だけではなく何人ものグループで飛ぶらしく、“お小遣い”もかなりよい。

毎度超急ぎのブツを運ぶため、いつどこに飛ぶかわからないのが運び屋稼業の常である。ハンドキャリーは日本から海外へ運ぶ、つまり輸出がほとんどなのだが、それはどうも香港から輸入するらしい。日本からの輸出なら円高だととたんに仕事が激減するのだが、香港から途切れることなく出るとはいったい何を運ぶのか?

大使館員や駐在員などの在留邦人にインドで鮮魚を売っている日本人の魚屋さんは、毎週のように築地まで仕入れに来ているそうだ。インドで新鮮な刺身が食べられるなんてまさに地獄に仏。カレー地獄の救世主のようにせっせと生ものでも運ぶのだろうか?

結局、うさん臭さを感じた友人はその話には乗らなかったのだが、乗った一団が香港で遊んだ帰りに持たされたのはただのUSBだった。後日、見ず知らずの雇い主から渡航費と“お小遣い”が彼らの口座に振り込まれた。しかし、それは税関にマークされたことを事前に察知し、なんら差し支えないものを持たせたというのが事の真相らしい。

雇い主が本当に彼らに持ち帰らせたかったもの、それは金塊である。香港で無税で買った金を申告せずに密輸し、日本国内で売却すれば消費税分が丸々儲けになる。特に消費税が5%から8%に上がった2014年4月以降、この手の金塊密輸が急増しているそうだ。

主な金塊密輸のルートは香港と韓国からの二つ。韓国は金の購入時に払った税金が輸出時に戻ってくる制度がある。だから、「タダで韓国に行けてお小遣いまでもらえる」話も同じくやばい。魚屋の天秤棒を担ぐのと密輸の片棒を担ぐのとでは訳が違うのだ。

麻薬のような輸入禁制品ではないため、金は没収されない。罰金を払えば、返却される。だから、たとえ税関で見破られたとしても、何も事情を知らないにわか運び屋がお咎めを受けることはまあないだろう。しかし、ばれないから罪を問われないからとリピートすれば、その人個人が税関のブラックリストに載ることはまず間違いない。

「タダで海外に行けてお小遣いまでもらえる」というのが運び屋の仕事なのだが、我々、堅気は必ずビジネスビザで入国し、ブツを託送品として申告する。もちろん雇い主が誰かは明らかであるし、渡航費を立て替えるなんてことはない。ただし、金塊密輸の片棒を担ぐほどには“お小遣い”はよろしくないということは一言付け加えておく。

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻卒。同大文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトで主催する旅イベント「旅人の夜」が7年目を迎える。ロックバンド、神聖かまってちゃんの大ファン。2016年現在、49カ国を歴訪。処女作棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

以下、ネット上で読める執筆記事
春秋社『WEB春秋』「ここではないどこかへ」連載(12年5月~13年4月)
東洋マーケティング『Tabi Tabi TOYO』「ラテンアメリカ de A a Z」連載中(11年3月~)

投資家ネット『ジャパニーズインベスター』「ワールドナウ」(15年5月)
NTTコムウェア『COMZINE』「世界IT事情」第8回ペルー(08年1月)