第9回 軍艦島

 
まだまだ残暑が続く日本、異常気象のせいかゲリラ豪雨と大型台風に次々見舞われ、長崎でも激しい雨が何日か降った。ようやく晴れた日、ある島をさるくために長崎港から船に乗る。一時は5,000人超の島民が住み、世界最大の人口密...
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軍艦島

まだまだ残暑が続く日本、異常気象のせいかゲリラ豪雨と大型台風に次々見舞われ、長崎でも激しい雨が何日か降った。ようやく晴れた日、ある島をさるくために長崎港から船に乗る。一時は5,000人超の島民が住み、世界最大の人口密度だったが、現在は無人となった「軍艦島(ぐんかんじま)」。長崎港から南西約18kmの海上にある周囲約1,200m、面積約6.5haの小島で、悪天候の時は荒波に阻まれて上陸できない。私の場合、最初の予約がキャンセルになってから凪(なぎ)を待つのに数日を要した。

島の周囲

正式名は端島(はしま)だが、外観が軍艦「土佐」に似ており軍艦島と呼ばれる。海底に良質な石炭層があり江戸時代に採炭開始、1890年(明治23年)に三菱が炭鉱経営を担うと閉山までに約1,570万トンを供給、日本の近代化と産業の発展に貢献。出炭量が増加すると人口も約5,300人に増え、高層住宅が密集して電化製品も普及、活気に溢れたが、国のエネルギー政策転換で石炭産業は斜陽化、1974年(昭和49年)に閉山、無人となった。35年を経て2009年(平成21年)に上陸見学が認められ、廃墟の島として注目される。2015年(平成27年)には「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」の構成資産の1つとして世界文化遺産に登録された。

軍艦島上陸ツアーを扱う船会社は複数あるが、どこも予約制である。デッキに座って出航すると、岬に立つ白亜の聖母マリア像やカトリック神ノ島教会、女神大橋、三菱造船所など、長崎港の玄関口にある建造物が見える。40分位の乗船だが港の外は波が強く、船酔いしやすい人は要注意。やがて青い海に浮かぶ軍艦島が現れる。護岸にぐるりと縁取られ、朽ちた建築物にびっしりと覆われたその姿に圧倒される。かつて人口過密だったことが全く信じられない静けさだ。島の周囲は一層波が荒く、接岸して上陸を待つ間もかなり揺れた。

護岸と擁壁/総合事務所と第三竪坑捲座の残骸

従業員住宅と第二竪坑の跡

上陸後は3つの見学広場に集合してガイドの説明を聞く。第1見学広場は貯炭場、従業員住宅、主力坑だった第二竪坑の残骸、第2見学広場は総合事務所と明治から大正にかけて稼働した第三竪坑捲座(まきざ)の一部、赤いレンガの壁が見える。炭鉱労働者が作業着のまま浸かった共同浴場もあったというが残っていない。第3見学広場で日本最古の鉄筋コンクリート高層住宅を見る。大正時代の建築で老朽化は激しいが長年の風雨に耐えてまだ建っているのは驚きである。

約1時間の上陸を終え、今度は船に乗って島の周囲をめぐる。船から全景を眺めると確かに軍艦のようである。島には炭鉱と住宅の他に商店、学校、病院、遊技場、寺社などあらゆる施設が揃っていたが自然の緑はなく、屋上庭園を設けた。水と食糧は船で供給されたが、海が荒れると給水船が来られず大変で、1957年(昭和32年)に対岸から日本初の海底水道が引かれた。上陸の際、海底水道が通った跡を見た。護岸にぽかりと開いた大穴に波が絶え間なく寄せていた。

世界遺産になったことで軍艦島の存在は一変したようだ。観光客の上陸がますます増え、映画やドラマのロケ地としても有名になり、大勢の目に触れる。荒天で上陸できない場合も楽しめる軍艦島デジタルミュージアムが長崎港近くにオープンし、軍艦島グッズも販売される。島のシルエットがよく見える対岸の野母半島には軍艦島資料館があり、新たな観光資源になる。しかし軍艦島は廃墟化との大きな闘いに直面している。荒波をかぶり続けた無人島の劣化は深刻で、私がさるいた日も補強工事中だった。今後の島の維持は簡単ではない。より一層の費用と技術を要するだろう。

日本初の海底水道跡/日本最古の鉄筋コンクリート住宅

また、島の過去は明るいものばかりではない。長崎に多くあった炭鉱の中でも、過酷な労働条件から「一に高島、二に崎戸、三に端島の鬼ヶ島」と言われた軍艦島。世界遺産登録直前に日韓の外交問題にも発展したが、軍艦島の炭鉱で朝鮮半島や中国大陸の出身者が徴用され労働に従事した。日本は「徴用の問題は完全かつ最終的に解決されている」として、上陸ツアーの船内ビデオでも簡潔に触れるのみ、このテーマを詳しく扱う書籍等も少ない。一方、韓国では軍艦島を強制徴用のあった地獄の島とする報道は多く、来年公開予定の韓国映画「軍艦島」では、徴用された朝鮮人労働者の命がけの脱出劇を描く内容で、撮影進行中である。

軍艦島と夕日

廃墟のイメージが定着する前、この島には江戸、明治、大正、昭和にまたがる長い歴史があった。離島から上陸再開まで35年近く空白があったことを知らない人もいるだろう。詳しく語られないまま、軍艦島の写真集や本が出て初めてわかったこともある。既存資料の調査だけではなく、元島民の手記やインタビューなどを通じて、未知の物語がもっと出てくるのではないだろうか。他に類を見ない外観と数奇な運命を負ったこの島が、これからどのように第二の発展を遂げていくのか興味深く思う。


(参考)
軍艦島(端島)軍艦島デジタルミュージアム 軍艦島資料館軍艦島アーカイブス-明治日本の産業革命遺産軍艦島オデッセイ軍艦島 ながさき旅ネット

えふなおこ(Naoko F)/プロフィー
子供時代から多様な文化と人々に触れ、複数の言語教育(日本語、英語、スペイン語、フランス語、韓国語)を受ける。テレビ局、出版社、法律事務所勤務を経てフリーランサー(翻訳、ライター)。