第17回 バンザイ!アッパレな音楽教育@シアトルの中学校

その日、ワシントン州シアトルにあるクインシー・ジョーンズ・パフォーミング・アーツセンターに詰めかけた観客は総立ちとなった。パフォーマーはシアトルの公立中学校ワシントン・ミドルスクール(WMS)で音楽を学ぶ子どもたちだ。
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ワシントンミドルスクールの子どもたち

その日、ワシントン州シアトルにあるクインシー・ジョーンズ・パフォーミング・アーツセンターに詰めかけた観客は総立ちとなった。パフォーマーはシアトルの公立中学校ワシントン・ミドルスクール(WMS)で音楽を学ぶ子どもたちだ。

指導者はミシガン州出身のセシンク先生。彼は中学時代からハイスクールまで公立学校で吹奏楽を学んだ。課外活動のジャズバンドやマーチングバンドにも積極的に参加し、大学入学時はトランペットでオーディションを受け音楽教育を専攻。国際的トランペットコンペティションで米国人唯一のファイナリストになるなど、演奏家としても優秀な腕前を持つ。大学卒業後、ワシントン州に渡り昨年からシアトル市内の公立中学校の音楽教師として勤務している。

特に音楽教室に通うこともなく公教育だけで音楽を楽しみながら学び、教育者、演奏家としてのキャリアを積み上げたセシンク先生には、「科目としての音楽」以上に子どもたちに伝えたいことがあった。それは「音楽を奏でることで得られるすばらしさ」だった。テクニックや理論を教えるより、「もっとうまくなりたい」と子どもたちが思うことこそが音楽教育のたいせつなことだと感じていた。

そんな熱い思いから、彼にふとアイデアが浮かんだ。

アイデアというのは、ミシガン州を拠点に活動しているバンド、“Paddlebots”(パドルボッツ)とWMSの子どもたちのコラボ演奏を実現させるというものだった。“Paddlebots”の面々はミシガン時代からの音楽仲間で、彼らの実力はよくわかっている。かつては「楽器が演奏できるとこんなに楽しいんだ」ということを伝えるため、地域の小学校にいっしょにボランティア訪問を続けた経験もある。

問題は距離だった。なにしろミシガン州からワシントン州シアトルまで3500キロほど離れている。車で駆けつけるといった距離ではない。さっそく、このアイデア実現のために同僚はじめ学校にかけあった。案の定、なぜそんなに遠くから? と言った逆風もないわけではなかったと聞くが、“Paddlebots”だからこそできることを丁寧に説明したという。

リベラルな都市シアトルではアート、音楽といった教育にはとても理解があり、実際、WMSは公立学校とは思えないほど音楽教育は充実している。保守色が強い地域ではいちばんにカットされる分野だけに羨ましい。そうした恵まれた環境も後押しとなり、予算も確保。一見突拍子もないようなプロジェクトは実現に向かって加速した。参加する子どもたちは、コーラス、オーケストラ、そしてブラスバンドと総勢200名以上に及ぶ。

演奏曲は堅苦しい曲ではなく、子どもたちがそれぞれの楽器や歌を楽しく演奏できなければいけない。考えた末、JTことジャスティン・ティンバレークの『ミラーズ』“Mirros”と決まった。セシンク先生はさっそく“Paddlebots”のサックス奏者でもあり、ジャズの作曲を多く手がけているドミニクに編曲を依頼。人気ポップソングはWMSの子どもたちが演奏できるよう特別にアレンジされた。

楽譜が届くと諸先生方の指導のもと子どもたちは練習に励み、プロジェクトは順調に進んだ。発案から半年以上経った6月8日、 “Paddlebots”のメンバーのうち4人がついにシアトル入りした。Youtubeのビデオで見ていたお兄さんたちと、生で触れ合う機会を持ち、3日間のリハーサルは双方にとって最高に楽しい時間だったそうだ。そして2017年6月14日の夜7時いよいよ本番のコンサートが始まった。約13分間の子どもたち演奏による“Mirros”は観客のハートをわしづかみにした。

子どもたちからPaddlebotsにたくさんのお礼の手紙が届いた

演奏が終わったとたんスタンディングオベーションとなった。感きわまり泣いていた人もいたという。それぞれのソロもアッパレだが、子どもたちの演奏や歌声によって会場にいた人々の心も一つになった。セシンク先生が子どもたちにいちばん伝えたかった感動の瞬間は確かにそこで生まれていた。

WMSの子どもたちの演奏
WMSミュージックデパートメント
Paddlebots

椰子ノ木やほい/プロフィール
感動の瞬間を生んだ会場は、あのクインシー・ジョーンズが子どものころに通っていた学校のオーディトリアムだ。ジャンルを超えたミュージシャン/プロデューサーとし第一人者と言える彼が、もしこの様子を見ていてもきっと感動するにちがいない。この子どもたちの中から、クインシーを超えるミュージシャンが生まれる日も遠くないのかもしれない。