第48回 インド亜大陸の向こうにある島々〈前編〉
インドネシア民族舞踊の衣装を着た少女たち

親子ほど年の離れた夫婦なんてのはまだ序の口。おじいちゃんと孫みたいな夫婦と乗り合わせることがフィリピン発着便ではさほど珍しくない。しかも、だいたい子連れである。婚姻によって所属する社会階級を上げようとした結果なのか。もっと平たく言えば、一日三食腹いっぱい食べようとしたらそうなったのか。愛ゆえか金ゆえかは当の本人のみぞ知る。

それが、おじいちゃんと孫みたいな子連れ夫婦が乗っていたのがインドネシアからの便だったから仰天した。日本人男性はアラカンどころじゃなかったし、インドネシア人女性は20代前半にしか見えなかった。それが3、4歳くらいの男児を二人連れている。予想していたとはいえ、ついにそんな日が来たか! と少なからず衝撃を受けた。

なぜフィリピンなら驚かないのにインドネシアだと驚くのか? フィリピンはキリスト教国なのに対し、インドネシアはイスラム教国だからだ。日本にはフィリピンパブはいっぱいあるのにインドネシアパブは一軒もない。しかし、マニラと同じく、ジャカルタにも歓楽街はしっかりある。リトル東京ことブロックMによく泊まるので嫌でも垣間見える。

インドネシアではスパと言えば、健康ランドやエステだけではなく、ソープランドのことでもある。売春が禁じられている日本で風俗のバリエーションが豊富なように、売春どころか婚前交渉が禁じられているイスラム圏にも娼婦はやっぱりいる。

宗教警察がある隣国マレーシアと比べると、インドネシアのイスラム教は傍目にはかなりゆるそうに見える。とはいえ、他のイスラム教国ではローカルだけが知っている場所に昔ながらの置屋があるようなつつましさなのに、素人の女の子が集まる援交バーまであるジャカルタはもはやマニラとなにも変わらない。世界最大のムスリム人口を抱えるインドネシアよ、お前もか!

異教徒とのまぐわいなど言語道断なはずなのだが、インドネシアで行われている売春の手続きはこうだ。まず置屋が客に「アラーを唯一の神と信じるか?」と問う。客がYESと答えれば、イスラム教に改宗したことになる。さらにミシャー婚の書類にサインすれば、合法的な結婚が成立する。ミシャー婚とは夫が妻を経済的に養う義務、妻が夫と同居し、家事労働をする義務を互いが放棄する結婚形態である。マフル(結納金)を支払ってことをすませたら離婚届にサインする。つまり、一晩だけ結婚したということにするのだ。

イスラム教では離婚と再婚について規制がない。それはかつては離婚も再婚もありえないことだったからだろう。利子が禁じられていても銀行はあるし、婚前交渉が禁じられていても娼婦はいる。イスラム法を順守する手段をいくつか組み合わせて、本来は非合法な行為を可能にする、ヒヤルと呼ばれる手練手管があるからだ。

                               〈後編に続く〉

片岡恭子(かたおか・きょうこ)/プロフィール
1968年京都府生まれ。同志社大学文学研究科修士課程修了。同大図書館司書として勤めた後、スペインのコンプルテンセ大学に留学。中南米を3年に渡って放浪。ベネズエラで不法労働中、民放テレビ番組をコーディネート。帰国後、NHKラジオ番組にカリスマバックパッカーとして出演。下川裕治氏が編集長を務める旅行誌に連載。蔵前仁一氏が主宰する『旅行人』に寄稿。新宿ネイキッドロフトでの旅イベント「旅人の夜」主催。2018年現在、50カ国を歴訪。処女作『棄国子女-転がる石という生き方』(春秋社)絶賛発売中!

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